「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

なぜアメリカはTikTokを禁止しようとするのか、その本当の理由を考える

 

https://cdn.pixabay.com/photo/2020/06/21/02/27/tiktok-5323007_1280.jpg

 

 

TikTok」、ご存じの通り、中国のIT企業「バイトダンス・テクノロジー株式会社」が運営する動画投稿アプリ、全世界で既に20億人ものユーザがいるそうです。もちろんおっさんの私は使ったことはありません。

 

アメリカのトランプ政権がこの「TikTok」の利用を禁止すると言って話題になってます。禁止されたくなければ、アメリカでの事業をアメリカ企業に売却しなければならないと相も変わらずの強権ぶりです。

 

なぜ、ここまでのことをアメリカはするのでしょう?理由は、中国企業の子会社が運営するこのアプリを通じて、ユーザーのデータが中国政府に渡る懸念があるからということのようです。ファーウエイの規制と同じ流れですが、本質的な理由はもっと別のところにあります。

 

SNSのツールは大きく2つに分かれています。ひとつは「コミュニティ内の連絡手段」LINEやfacebookなんかがそれにあたります。もうひとつは「社会への発信手段」これがブログ(文章)、twitter(コメント)、Youtube(ビデオ)、インスタ(写真)、そして今回のTikTok(ショートビデオ)です。

 

ここで問題とされているのが後者なんですね。これは良くも悪くも社会に影響を与えることのできる匿名性の高い情報発信ツールです。その中で、最も簡単にそして単純に社会へ情報、言い方を変えると意思や思想を発信できるツールがTikTokなのです。

 

だってブログやtwitterは文章を読まないと理解できないし視覚効果が低い。Youtubeは視覚効果は高いけど瞬発力がない(視聴に時間がかかる)、インスタは視覚効果は高いし瞬発力はあるけど何かを伝える具体性、つまり訴求力が低い。

 

それに比べて「TikTok」、瞬発力が極めて高くメッセージ性もある、何より時間をかけずに高い視覚効果と訴求力が発揮できる。

 

受け手は何も考えず、頭を使わずにメッセージを受け入れることができる。要はマンガと同じですね、「TikTok」は内容を読み説き、考える必要がないんです、受け手が見た瞬間に何も考えず身を委ねられる情報インプットツールなんです。

 

とっても悪い言い方をすると、頭を使わないでも理解させることができる、そして洗脳することができるツールが「TikTok」なんです。

 

そして、このツールは主に若年層に広がってます、このツールを悪用して何らかの思想を盛り込ませる輩が出てきてもおかしくありません。そしてそれを国家的に仕組まれたら、その国が転覆しかねない破壊力を持っている、たぶんアメリカはそこまで考えているんだと思います。

 

自らtwitterを使いこなし、マスコミを介さない情報発信を行っているトランプ大統領だからこそ、SNSの恐ろしさに感づいているんでしょうね、きっと。

 

実際、反トランプ陣営が「TikTok」を使って、トランプの集会に偽の参加申請を行うよう指示したことが判明しています。この結果、会場は参加予定の1/3にしか満たなかったらしい。このようなことが、アメリカ政府に危機感を与えたのかもしれません。

 

何かこんなこと考えると新聞なんてホント時代遅れのツールですよね、マスメディアとは何なのか、世の中に真実を伝えるというのはどういうことなのか、真剣に考えざるを得ません。

 

そして、もう一つ思うのがSNSの可能性です。こんな危ないツール規制すべきだと思うか、それとも無限の可能性があると感じるか。後者でありたいですよね、そのためには使う側の良心が試されます。

 

すごい時代になったもんです。あー日本って平和だなー、でも、だからこそ僕らひとり一人が頑張らなきゃいけない時代なんですよね、ホントそう思います。

 

これからの暮らしをポジティブに考える

https://cdn.pixabay.com/photo/2015/04/20/13/38/furniture-731449_1280.jpg


テレワークの日々が続きます。正直、飽きてきて最近はなるべ会社に行くようにしています。と、思いきや、足の薬指を骨折してしまいました。よくあるでしょ、椅子の脚の角をけってしまう、あれです。

 

足を引きずりながら会社に行くと、色んなことを言われます。テレワークで足の骨折るってどういうこと?、椅子の脚をけるってよくあるけどそれくらいで骨折れるの?、なんで小指じゃなくて薬指なの?

 

はい、その通りです、皆様のおっしゃる通りの不注意、そしておっさんのため骨も脆く、治りも遅いんだと思います。なぜ薬指なのかはよくわかりませんが、私の足指はなぜか長いのでござりまする。

 

ということで、基本テレワークな日々を送っておりますが、自分の部屋はクーラーが無くて暑いのですよ。窓を開けておくと蝉の声がうるさく、会議中は閉めねばなりません。ここ最近で急に涼しくなりましたが、ホント、夏の日は熱中症になるんじゃないかと思いました。

 

クーラーの効いた部屋は基本家人がいるので、そこで、あーだこーだと仕事するわけにもいきませんし、気も散ります。まあ、自分の部屋があるだけ恵まれてるんでしょうけどね、うちは築30年近いバブルの時に建設された中古マンションなので、広さだけはあるのです。

 

やっぱり同僚なんかの話を聞いても、皆、自宅のテレワーク環境には困っているようです。だからなのか、最近は郊外の駅から遠いところに家を構える人が増えているようです。

 

毎日会社に行くわけでもないし、ちょっと都心から、駅から遠くても、自分の部屋が持てる物件が人気らしいです。新築物件だと、玄関からすぐお風呂に行ける間取りの部屋も出てきているそうです。

 

時代は変わるよなー、昭和からずーーーと変わらなかった、会社勤めの光景が、このコロナのおかげで一瞬で変わってしまうのだからすごいものです。

 

でもね、せっかくのこの機会、ポジティブに考えるべきだと思います。僕も庭付きの一戸建てが欲しいなー、庭にはハンモック置いたり、週末はバーベキューしたりね、なんか夢が膨らみます。いま住んでるあたりでは全く無理なので、ちょっと便は悪くても土地が安いところで探してみたいもんです。

 

よく地方に移住なんて言いますが、そんなに遠くなくても、駅遠な場所でこれまでだったらあまり人気のない土地ってあるんじゃないのかな。

 

そんなことも考えると、やっぱりものって考えようだよね。ポジティブに考えるか、ネガティブに考えるかは自分次第、そうすべては自分次第なんです。そう考えると、なんか楽しくなってくるじゃないの、ね。

 

自分がどれだけ世間の常識を自分の常識としてしまっていたのかがよくわかります。やっぱり自分で考えてこその自分ですよね。当たり前のことに気づかされた今日この頃です。

 

マリノスのサッカーは、なぜこんなに魅力的なのかを考える

https://cdn.pixabay.com/photo/2018/04/03/15/41/sky-3287100_1280.jpg


サッカーって負けると何でこんなに悔しいんだろう。ゴールを入れられたときのあの絶望感、喜ぶ相手選手がテレビに大写しになると本気でぶん殴ってやりたくなる。まったく、スポーツマンシップのかけらもない言動です、大変申し訳ありません。でも、見てるだけでもそうなんだから、選手たちはもっと悔しいんでしょうね。

 

愛する横浜F・マリノスの調子がイマイチ上がらない。というか、昨年が凄すぎたのかもしれないし、単に相手がマリノスを上回ってきた、それだけのことなのかもしれない。

 

マリノスは地元のチームだから、昔から好きだったんだけど、やっぱり今の監督、アンジェポステコグルーになってからのサッカーにはものすごい魅力を感じる。とにかく、攻めて攻めて攻めまくる。どうやらそれが哲学らしい。それがとにかく見ていて楽しい。

 

それにしてもこの人、インタビューでは本音を全く言わない。勝った時も負けた時も「自分たちのサッカーをするだけ」それしか言わない。でも本当にそれしかやらないんだよね、自分の信じたアタッキングフットボールをし続ける姿が半端なくて、ここまでいくと痛快です。時に愚直すぎるんではという感じもしちゃうけどね。

 

優勝した昨年の後半はとにかくすごかった、なんか歯車がかみ合った感じで、強化した選手の個人能力もすさまじくマッチして、連勝街道を突き進んだ。でも僕は昨年の前半が好きだったんだよね、なんかモガキながら苦しみながら、少しづつやりたいことを実現しているようなひたむきさ、泥臭さが感じられた。それが後半戦の怒涛の勝ちに繋がったんだと思います。

 

今期はどうかというと、新戦力を取り込みながら、やることは何も変わらないと言わんばかりのサッカーを貫き通しているんだけど、対策されてるせいもあって、イマイチ昨年の勢いが感じられない。特にミスがとても多いのです。

 

ミスからの失点が多いのと、対角線上にロングパスを入れられてフリーの左サイドの選手に簡単に点を入れられてしまうケースがとても多い。

 

なんで左サイドの選手をフリーにしてしまうのだろう、そう思うのだけど、どうやら監督の意図は違うらしい。そもそも左サイドにロングパスを入れられる状況になってはいけない、そうならないよう常に攻撃で相手を圧倒する、そういうことらしい。そしてミスは問題ではない、いっつもそうおっしゃいます。

 

はー、すごいよね、ここまで言い切れる、そして自分のやりたいことをやろうとする意志、そしてそれを信じて任せるフロントに信じる選手たち、なんかやっぱり可能性しか感じないよね。

 

それにしても、相手の左サイドをもう少し現実的にケア出来ないものかと思っていたら、対処しましたよポステコグルーさん、なんとディフェンスをこれまでの4バックから3バックにしたんですね。これによって、攻撃にかける人数をさらに増やし、相手の左サイドをフリーにさせなかったのです。

 

ハー(二回目)、いやー普通なら左サイドをケアする選手を厚くするんじゃないのかしらん、素人にはそう思うのですが、この監督さんは違います。攻め続ければ攻撃されない、そして、それこそがやる方も見る方も楽しい、スペクタクルなサッカーなのだというわけなんです。

 

ここまで信念を貫き通されるとすごいよね。ということで、最近はマリノス以外のサッカーを見ていてもなんかつまらない。そんな風に感じるようになってしまいました。

 

よく考えると、これってサッカーだけの話じゃないんだろうね。信念を貫き通す、しかも一本調子ではなくて、試行錯誤しながら自分の進むべき道を追求する、実践する、その姿は必ず見る者の心を必ず揺さぶるんだと思います。

 

なんか大げさだけど、僕もこんな生き方がしてみたいな、そんなことを思った次第です。

 

この3バックにした新生マリノスの名古屋戦は先制したものの負けてしまいました。続くセレッソ戦も勝つことはできず。無茶苦茶悔しく思いましたが、彼らが貫き通したもの、目指したものを考えると勇気が出てきます。

 

ヨッシャ、次こそ圧倒的なサッカーを見せてくださいな、そう思ってたら、先週の清水戦、昨日の鳥栖戦は勝利、よーしこれからだよね!僕も負けないように少しでも近づけるように頑張ります!そんなこと思う一ファンの戯言でございました。

 

映画「YESTERDAY」で感じた、人より優れた自分になりたい病の根深さ

https://cdn.pixabay.com/photo/2014/10/13/17/48/john-lennon-487033_1280.jpg

 


Amazoneプライムで、今更ながら映画「YESTERDAY」を見た。しかし便利な世の中だよね、こんな最近の映画がタダ(会員費は払ってます)で見ることができちゃうんだからね。

 

事故にあった主人公が目を覚ますとそこはビートルズの存在しない世界だった、そこでビートルズに成り代わり数々のヒット曲を発表して大スターになるという話なんだけど、まあ、純粋に面白いコメディドラマではありました。

 

でも一方で、こんな風にも思っちゃった。映画を見ている僕は、主人公よろしくビートルズに成り代わって大スターになった気分を味わってたってことに。

 

つまりね、称賛されたい、大スターになりたい、チヤホヤされたい、要は人より優れた自分になりたい、そういうことなんだよね。それを具現化してくれたのが、この映画なわけ。

 

実はこういった話はそこら中に溢れていて、テレビ番組なんかでもよくあること。有名な芸能人が、突然田舎の町を訪れて、その町の人たちと交流する、あれもこの類の話だと思います。見ている僕らは、人と人とのふれ合いを見ているようで実は違う、あの有名な芸能人の立場になって見てるんだ。

 

地方の一般人のみなさん、スターの僕に会えて嬉しいでしょ、驚いたでしょ、僕はこんなに気さくに皆さんに接することのできる度量の広い人間なんです。ああ、みんなにチヤホヤされて楽しいなー。

 

そんなこと思いません?僕は思っちゃいます。僕がひねくれてるだけなのでしょうか。だからね、NHKの「鶴瓶に乾杯」って番組あるでしょ、あれも最初のうちは面白くてよくみてた。でも、段々違和感を感じるようになってきた、気がついたんだ、僕は鶴瓶さんやら芸能人の立場であの番組を見てるってことに。

 

これって、自分がないってことだよね。人に褒められたいから、人より優れた自分でありたいから、芸能人さんになったふりして、自己間満足してるだけなんだと思う。こんなことしてちゃダメだよなー、なんかそんな風に感じちゃったんだ。

 

それこそ、自意識が高すぎるだけって言われちゃうかもしれない。実際そうなのかもね。でも僕はそうなんだから仕方がない。だからこそ、そういうドラマに入り込んじゃいけない。自分のなさを人に求める自分になっちゃいけない、そんな自分にはなりたくない。そう思う。こんなこと考えるの僕だけなのかなー、もっと純粋に楽しめばいいのにね。

 

でもこんなことも思うんです。実は僕みたいな人って意外と多くて、自分では気がついていないけど、それを知っている人たちがいて、そんな僕たちを食い物にしようと思って、こんな映画やテレビ番組を作ってる人がいるんじゃないかって。そんなの嫌だよね、でも商売だから人が求めるものを作って、人に喜んでもらえたらそれでいいのかもしれない。

 

でもやだなー、そんな感動やだなー、そう思う、僕はそう思う。ただそれだけ。

 

サラリーマンの出世プロセスを考える、偉くなるにはどうしたらいい?

https://cdn.pixabay.com/photo/2015/05/16/12/03/escalator-769790_1280.jpg

 

一般的にサラリーマンって、順番に出世していく仕組みになってます。担当から主任、主任から課長、課長から部長、部長から事業部長ってね。会社によって呼び名は違うかもしれませんし、もっと役職が細分化されてる組織も多いですけど、最近はシンプル化、役職数を減らす方向が主流になってます。

 

今時、年功序列なんてって思われるかもしれませんが、離職率、転職率の低い日本の会社環境では、仕事の年数によって、経験や実績を残し、昇進していくスタイルがまだまだ一般的です。

 

こんな出世プロセスが存在する以上、サラリーマンの目的はその出世プロセスにしっかり対応すること、乗っかることが最優先事項となるわけです。

 

簡単に言うと出世には世代交代が必要となりますので、自分の上司に出世してもらわなくてはなりません、だから、出世しそうな上司、もしくは既に役職についている上司に目をかけてもらうことが最初に必要となります。お主愛いやつよのー、と思われなければならないのです。

 

なので、若いやつは宴会などの雑用も率先して引き受けるし、バカもします。楽しいやつ、そしてしっかりしたカワイイ部下を演じ、旨ーく忖度していくわけです。もちろん仕事面でも上司を助け、上司が昇進した暁には、その後釜を狙うわけです。

 

これって上司の側からしても大事なことなんです。自分が昇進するためには、後任が必要。だから若手登用とか、もっともらしいこと言って、若手を不必要に抜擢したがります。だって、自分自身のポストを提供するってことは、自分がもっと上の役職に昇進するための手段なんですもの。

 

これが一般的なサラリーマンのプロセスです。このプロセスで問題なのは(というかこのプロセス自体が問題なのですが)、この仕組みに乗っかった、もしくは乗っかりたいグループができてしまうことです。

 

さらには、それなりに仕事ができる人たちで構成されればまだいいのですが、たいして仕事もしないのに口だけ達者で、この出世プロセスに乗っかることが目的になってる人たちが集まると大変なことになります。残念ながら、特に大企業ではそういう人たち、そのような組織が散見されます。

 

また、時に本質的に仕事ができて人徳もありながら、このような出世プロセスのグループに属さない人もいます。こういう人は絶滅危惧種なのですが、こういう人を抜擢できる企業はとても強い企業です。

 

こういう人は、部下からの信頼も厚く、結果として組織も団結して、成果も上がり、優秀な人材が育成されていく好循環が生まれます。この時のポイントは、こういう人はグループを作らないし頼らない、人間的に強い人だということです。結果として、実力主義の強い組織ができあがっていくわけです。

 

実はこれが本来の出世プロセスであるべきなんですね。要は人の上に立つ人間は、自分の出世のことばかりを考えるのではなく、自分が担っている事業や役割の本質を見据え、組織を人を育て上げることのできる含蓄のある人物でなければいけないのです。でもこんな組織、会社はほんの一部と思います。

 

さて、サラリーマンの生態を大きく区分してみましたが、あなたの属する組織、そしてあなた自身はいかがでしょう。

 

もちろんここであげた以外にも各種のタイプが存在します。出世グループに入りたかったけど入れなかった人、入ったけど他の出世グループに駆逐されてしまった人、出世グループに関心ないけど仕事はできる人(でも誰にも引き上げてもらえない人)、出世グループにも属さないし仕事もできない人、すべてを理解して諦めてる人、などなど。

 

こう考えると、サラリーマンって面倒くさいね。単に仕事が好きで、その仕事に打ち込みたいっていう人がなかなか活躍できないシステムになっちゃってる。だって、自分のやりたい仕事をするためには、偉くならないといけない。なんでかっていうと、偉くならないとその仕事の指揮権を得ることができないから。だから結果として出世プロセスに乗ることを考えなきゃいけなくなっちゃう、あー面倒くさい。

 

さてさて、働き方改革と言われて久しいですが、その前に自分が働く場所はここでいいのかってことをまずは自問することが重要だと思います。自分は何がしたいのか、どういう仕事がしたいのか、この会社でそれができるのか、サラリーマンでいいのかってね、それがやっぱり先なんですね。

 

でもこう考えるとサラリーマンって、社会のセーフティーネットのような気がしてきた。仕事ができる人もできない人も、一律働くことができる仕組み、それがサラリーマン社会。

 

民主主義ってそういうものかもしれないな。もしかしたら民主主義って社会主義以上に社会主義な社会なんじゃないだろうか。僕は幻想を見ているのかしらん。。。うーん。。

 

大腸がんの手術から1年、内視鏡検査を受けてきた

https://cdn.pixabay.com/photo/2014/05/03/01/01/tunnel-336693_1280.jpg

 

1年ぶりに大腸の内視鏡検査を受けました。
あれから、もう1年。。。早いもんです。人間ドッグで血便が認められ、人生初の内視鏡検査、結果、その場で大腸がんが発見されたんですよね。検査中、モニターを見ている先生や看護婦さんの雰囲気が一瞬で変わったあの時のことは忘れられません。

 

おしりに穴の空いた紙パンツをはいて、施術室に入ります。いつものことながら看護師さんはとてもやさしく、いろいろ気遣ってくれます。なんで、見ず知らずの僕にこんなに優しくしてくれるのか、もしかしたら、普段、人に優しくされてないからそう思うだけなのかしらん?そんなことを考えます。

 

ベッドに横になって、点滴用の管を差し、そこから鎮痛剤を入れます。「少し滲みますよ」、先生に言われて、何のことかと思っていたら、しばらくすると針のまわりに鈍痛が。。。ホント滲みいる感じで広がります。なるほどなー、しかし、去年こんなことやったけ?すっかり忘れちゃってるんですよね。

 

そしてほどなくして、さも当たり前のように先生は私の肛門様にクリームらしきものをチョロット塗り、内視鏡さんを挿入していきます。不思議なことに痛くも何ともありません。

 

頭の上にあるモニターを見ると、僕の腸の内部が映し出されてます。「ここが去年、手術で切ったところですよー」先生は優しくおっしゃいます。なるほどー、「ちゃんと、くっついてますね」、そんなバカなことを言う私ですが、先生は「ハハ、ちゃんとくっついてないと、食べたものが外に漏れちゃいますからねー」と優しく回答してくれます。

 

「今何センチくらい入ってるんですか?」これまたバカな質問をしてみましたが、先生は淡々と「80センチくらいですかねー」そうお答えいただきます。80センチ?しかしよく考えるとすごいもんですよね。80センチですよ、80センチ、お尻の穴から管が、そんな奥まで入ってしまうのです。

 

スゴイ世の中だよなー、改めて思います。そういえば、去年先生が言ってました。うちの病院の内視鏡は最新式でね、500倍まで拡大できるんだよって、チョー自慢してたんです。

 

これだもん、いままで見つからなかったものだって見つかる時代になってるんですね。だからこそ、このイノベーションの成果を積極的に享受するべきだと思います。

 

みなさん、人間ドックを受けて安心していませんか?バリウム飲んで安心してやいませんか?ハッキリ言って、内視鏡検査を受けないと大腸がんは絶対見つかりません。だってX線やら超音波やらじゃ写らないし、普通の人間ドックじゃCTなんて撮らないですもんね。

 

大腸がんって、亡くなる人が年々増えているそうですが、こういうことなんだと思います。人間ドックで見つからないんですよ。それで見つかった時には進行してしまっているケースが多い。去年、先生も言ってました、血便で見つかった時にはかなり進行していることが多いって。

 

大腸がん自体は進行が遅いらしいので、一度、内視鏡検査を受けてしまえば少なくとも2~3年は安心です。それに最近ではAIで画像診断する実験もしているらしい、目に見えないものも見つかるかもしれないのです。

 

科学の進歩は素晴らしいし、それを支えているのはお医者さんや看護師さんたち。せっかくだもん、その皆さんの頑張り、成果を積極的に享受しようではありませんか。

 

コロナにおびえているだけでなく、最新技術で積極的に体をケアするのも大事。健康なココロは健康なカラダ作りから、そういうことだと思います!

 

 

居心地の良い場所 ~会社?家?それとも~

https://cdn.pixabay.com/photo/2019/05/08/21/21/cat-4189697_1280.jpg

 

暑い、暑い、暑いー。

 

長ーい梅雨、うすら寒い日々が続いたので、今年はもう夏は来ないのかしらん、そんなことを思った私がバカでした。いつものように、いや、いつも以上に暑い夏はやっぱりやって来たのでした。

 

ちょっと外に出るだけで倒れそうな気がする、ものすごい酷暑の中、足元にうごめく何かが。何かと思いきや、まだみずみずしさを保っているミミズさんなのでした。

 

何でこんな暑い中、外に出てきちゃったのでしょう。あっという間に干からびてしまうじゃないさ。そう思うと、あちらこちらに干からびミミズがペシャンコになった姿があります。

 

夜、まだ涼しいうちに外に出て、急激な温度上昇に土に戻れずやられちゃったのかしら。そう思ったのですが、私の目の前にいるのは、まだみずみずしいミミズ、しかも時間は正午過ぎ。なんでだろ?

 

調べてみると、土の中の暑さに耐えられなくなり、逃げだした結果らしいのですよね。土の中は安全安泰と思いきや、ミミズさんも大変だ。どこに逃げだせばいいというのだろうね。

 

僕なんかも一緒、嫌なことや辛いことがあると、早く家に帰りたいーって思うけど、その家が安息の場所だなんて誰も保証してくれないんだよね。そういう場所は自分で作るしかない。今は平和な世の中、ただ恵まれているだけ、そんなことを思います。

 

環境的な話だけではなくてね、大げさに言えば生き方もそうなのかもしれません。自分の居場所は自分でつくるしかないんです。

 

僕もそうなんだけど、自分の居場所に悩んでる人って多いんじゃないかな。会社でも家でも。子供じゃないんだからね、甘えなさんなってことだと思う。何ごとも自分で考えること、そして取り組むこと、それで初めて人にお願いすることも出てくるんだと思う。

 

いつの間にか、お願いだけしていたり、祈ったりしているだけの自分がいる。そうじゃないよね。自分で気づき、自分で取り組んでいく、それが人生だもんね。

 

暑ーい夏にちょっとい真面目に考えてみたい、そんなことを思います。

 

二人の天才 ~この奇跡の瞬間を単純に楽しむ~

https://cdn.pixabay.com/photo/2013/01/30/04/57/qualification-76737_1280.jpg

 


YouTubeサザンオールスターズのライブビデオを見ていた。

 

桑田佳祐さんって変わらないなー、でもやっぱ歳はとったよなー、顔のしわが増えたなー、でも楽しそうだなー、歌い方とか全然変わらないよなー、何よりこの声がいいんだよなー、そんなこと思いながら、誰かに似てるなー、そんなこと思った。

 

なんかねー三浦知良、そうキングカズさんに似てると思ってしまったのです。冷静に見るとそんなことないし、基本は長門弘之の方がよっぽど似てると思うのだけど、なぜかその時はそんなこと思った。

 

ちょうどこの日、キングカズが53歳でJリーグルヴァンカップに出場して話題になっていた。この二人、とにかく自分のしてることが楽しくてしょうがない二人なんだろうなー、そんなことを思います

 

二人とも顔に出てるんだよね、楽しくて楽しくてしょうがないって感情が。もちろん、いつも出ているわけでなく、それぞれ、歌を歌ってる時、サッカーしている時にそんな顔をしてる。その顔が似てると思っちゃったんだよねー。

 

二人に共通するのは、苦しみぬいた上での楽しさ、そんな感じがする。桑田佳祐さんだって、ただヒット曲を歌っているわけじゃないもんね。一つの曲にサビがいくつもあるような素晴らしい楽曲を作り、みんなの心に響く歌詞を載せる、たぶん、この過程にはものすごーい努力と葛藤があるんだと思うんです。そうじゃなきゃ、こんなスゴイ曲、絶対に作れない。

 

キングカズも言わずもがな。三ツ沢競技場で何回か試合を見たことがあるんだけど、この人、試合に出れなくてもずっとカラダ動かして準備してるんだよね。練習は裏切らない、練習で100%力を出さないやつが試合で100%力を出せるわけがない、そんなことを常に言いながら、大好きなサッカーに全力で取り組む姿は感動します。

 

やっぱねー、この人たち、天才なんだろうね。ただの天才じゃなくて、「努力」の天才ね。だからこそ、自分がしてることが楽しくてしょうがないんだろう。そんな顔に二人の共通項を見てしまうのです。

 

僕もそうなりたい、そんなことも思うけど、それよりこの二人のパフォーマンスをリスペクトして、しっかり見る、見させて頂く、それが一番大切なことなんではないかと思います。

 

だって、こんな人たち、もう出てこないと思います。僕らは歴史を見ているんです、その奇跡の瞬間に立ち会えた幸せ、それを感じながら、ただただ酔いしれちゃいましょう!それがお二人に対する最大のリスペクトだと思います!

 

今年もお盆がやって来た ~キュウリの馬とナスの牛~

https://cdn.pixabay.com/photo/2015/03/24/07/10/charyesang-687186_1280.jpg


子供のころ、お寺で肝試し、当時小学生、同級生の女の子と歩いたお墓の道、今も変わってないんだよねー。途中にある防空壕みたいな穴、今でもある。

 

今はおっさんになった僕が、父親と一緒に母のお墓に向かう道。また今年もお盆がやって来ました。昨日はね施餓鬼だったんだ。施餓鬼って知ってます?ふつう知らないよね、お盆の時期に先祖供養と一緒に行われることが多い行事のようですが、僕も母が亡くなるまで知りませんでした。

 

新しい塔婆をもってお墓に備えます。そして無事に早く帰ってきてね、お盆だから、そんなこと思いながらお墓の掃除をします。いやーそれにしても暑い日だよね、実はこの日もお墓で倒れちゃった人がいて救急車が来てました。気をつけなきゃね。

 

お盆にはキュウリの馬とナスで作った牛を備えます。お盆に天国から帰るときは馬に乗って急いで帰る、そして天国に戻る日には牛に乗って名残を惜しみながらゆっくり帰る、この話を知ったのも母が亡くなってから。いつの世も先人を思う人のココロは変わらないよね、ホントそう思います。

 

お盆の日には迎え火で先祖を迎えます、迷わないように家の前で火を焚いて迎えるんだよね、ホント一つひとつに意味があって思いがあって、泣けてきます。

 

だからなのか、母が亡くなって9年たちますが、なぜかお盆の日は母が本当に帰ってくるように思います。母が好きだった食べ物を供えて、なにかしら語り掛ける自分がいます。

 

こないだね、こんなことがあったんだよ、こんなこともあって困っちゃってさ、そうそう最近こんなお店ができたんだよ、みたいな他愛のない話を僕はクルマの中で助手席の母に語り掛けます。

 

そんなお盆が今年もやって来ました。いつまでたっても僕は成長しないよなー、そう思いながら、こんな僕でもいいよね、少しは甘えさせてくださいな、そんなこと感じながら、知らっとした顔でお盆の準備をして、いい大人のふりをする僕なのでした。

 

早く帰ってきてね、そしてゆっくり、好きなモノ食べて過ごしてください。なんでもわがまま言っていいんだぜ、みんなで楽しく過ごしましょう、帰りはゆっくり、牛の背で寝て帰ればいいんだから。待ってまーす。

 

サッカーかマリノスか ~暑さが頭を狂わせる~

https://cdn.pixabay.com/photo/2015/11/17/17/51/flag-1047969_1280.jpg


最近、わが愛するマリノスの調子が上がらないんだよねー。昨年チャンピオンになって、それを盤石のものとするかとも思いきや、なかなかうまくいかないアタッキングフットボールの日々が続いています。

 

Jリーグが再開されて、週末に試合を観戦できる幸せ、とっても嬉しいし限り。でもね、相手に点を取られたりすると、僕はとっても不機嫌になってしまう。なんか、こんなに楽しい、待ちに待った試合観戦なのに、ものすごーく不機嫌になってしまう自分がいるのです。

 

僕は愛するF・マリノスがただ単に勝てばいいのだろうか、どんなひどい試合であっても勝てばそれで納得するのだろうか、もしかしたらそうかもしれない、サッカーが好きなんじゃないのかもしれない、そんなことを思ってしまう。

 

だって、こんなに楽しみにしていた試合なのに、マリノスが負けるととってもつまらない思いしか残らないんだもん。これは僕の人間ができていないことに起因するのだろうか、僕は結果を求めているだけで、サッカーの試合のプロセスなんて感じられない人間なんだろうか。

 

プロ野球のファンはどうなんだろう、野球そのものより巨人や阪神が勝つ方が大事なんだろうか、そんなことないよね。

 

こんなに楽しいサッカーが見られる幸せな時間なのに、こんなことを思ってしまう僕は何なんだろう、サッカーを見ながらそんなことを考えてる僕っていったい何なんだろう。

 

もしかしたら、サッカーファンじゃなくてマリノスファンなのだろうか。でもマリノスがサッカーのチームじゃなくて卓球のチームだったら、きっと応援してないだろう。

 

あああ、僕の望みは何なんだろうか。。。でも僕は知っている、この解決策はきっと一つしかないのだということを。それは。。。マリノスが勝つこと、そう、マリノスが勝てばすべて解決するのです!ということで頑張れマリノス!僕のために勝ってくれ!お願いだー。

 

あー、今日も暑い一日だった。

 

ぼっちドライブのイノベーション ~歌いまくろうぜ!~

https://cdn.pixabay.com/photo/2019/11/23/17/24/video-4647668_1280.jpg


クルマに乗って、ひとり大きな声で歌うことってありますよね。

 

自慢じゃないけど僕は歌はうまくありません、というか、どちらかというと下手クソです、カラオケも進んで歌う方ではありません。でもそんなのお構いなし、ここは僕だけの空間だし、僕だけの場所、おっきな声で人目もはばからずお気に入りの歌を歌います。

 

ラジオで北乃きいさんも言ってました、意外と外にも聞こえてるとマネージャさんに言われたそうです。僕も気をつけなきゃね、特に信号待ちなんかでは、急に素に戻ったりする私です。

 

ヘッドアップディスプレイって知ってます?メーターの文字盤がフロントガラスに映る仕組み。視線の移動を最小限に、ディスプレイの情報を見ることができる仕掛けで、一部の車に搭載されています。

 

これって主にスピード表示をさせるものなんだけど、そんなもの表示して何になるっていうのかね、僕思うんです、これでぜひ歌詞を表示してほしいってね。

 

いまやiPhoneなんかでも聞いてる曲の歌詞を表示させたりすることができますよね、これを是非とも車のフロントガラスに表示させてほしいのです。そしてその時に聞いてる曲を思いっきり歌いたいのです。

 

これこそ、最高の一人ドライブだと思うんですよね。だーれも走ってない田舎道でおっきな声で好きな曲を歌うのってサイコーだよ。でも歌詞がわからないんだよね、だからフロントガラスに表示してほしい。

 

安全なひとりドライブワンマンショー、こういうのもドライブのイノベーションだと思うんだけどなー、どうでしょう?

 

決めてほしい人たち ~緊急事態宣言は誰のため~

https://cdn.pixabay.com/photo/2015/07/15/10/20/berlin-845991_1280.jpg


このあいだ、テレビ番組のワイドナショーを見ていたら指原梨乃さんが、緊急事態宣言を出してくれないと、外に遊びに行っちゃいそうだから、出してほしい。そんなことを言っていた。

 

ふーん、そんなもんなのかな。

 

確かにテレビの街頭インタビューなんかでも、最近の感染者数の増加を受けて、緊急事態宣言を出してほしい、そんなことを言う人が多い。

 

前にも言ったけど、緊急事態宣言で一時は感染者が減ったけど、普段の生活が戻れば感染者はまた増えるということが明らかになった。要はこのウイルスを根治することは難しくて、うまく付き合っていくしかないってことが明らかになった、そういうことだと思ってます。

 

それにしても、お上に決めてほしい、誰かに指示を出してほしい、そう思ってる人が多いってことに驚く。会社だってそうだもんね、よく言えば強いリーダーシップを求めてる、悪く言えば従ってるほうが楽、そう、そうなんです。楽なんですよね、言われたことに従うって。

 

でも会社はそれでいいかもしれないけど、国の言うことに従うって、どんだけ危険なことかみんなわかってんのかね。日本は独裁国家じゃないから大丈夫?いったい誰がそんなことを保証してくれるのでしょう。

 

他の国の人だって、日本の人だって、基本的なものの考え方や感じ方はそう変わらないはず、ではお国の体制がなぜ、これほどまでに違うのか。それは、独裁したいという人たちがいて、その人たちに権力を与えてしまったから。それだけの違いでしかないと思います。

 

香港が返還されたとき、今の状態を想像できた人がどれだけいたでしょうかね。権力さえあれば、やろうと思えば何でも出来る、そういうことだと思います。海を埋め立てて、軍事基地を作るなんて、誰も考えなかったはず、でもそういうこと考える人たちが出てくるんです。

 

僕らはもっともっと気づき感じる必要がある。以前、新聞のコラムで僕らはもっと野暮にならなきゃいけないと書いている記事を見た。粋でいることはカッコいいけど、大切なものを守るためには時に野暮にならなければならない、そんなことが書かれていました。

 

その時がいつなのか、今ではないのか、僕らは常に敏感じゃなきゃいけない、そう思います。

 

真夏の夜の夢 ~積極的に安全に~

f:id:Blue-J:20200809172547j:plain



最近、すっかり外で飲むことが無くなった。やっぱり夏だからねー、たまには生ビールが飲みたいよー、とか思っても会社帰りに飲みに行く雰囲気はまったくなし、そそくさと帰る日々が続きます、なんかサビシイね。。。

 

でも、このあいだ久しぶりに行ったのです。一杯だけ行きましょーということで、オープンな場所がいいと探し訪れたのは、東京プリンス3階にある素敵なラウンジ。目の前に東京タワー様が鎮座するオープンエアーの素敵な場所。しかもおっさん二人。

 

当然ながらお高いわけで、ビールいっぱい1200円もする。しかもジョッキでなく、グラス。。。まあ、2杯くらい飲んで早々に帰りましょうということにしたのだけど、思いのほかというか、当然ながら居心地がよく、それなりに飲んでしまう困ったチャンなのでした。

 

でもね、ここで見た東京タワーは格別なのです。まだ明るいうちから飲むビールはもちろんサイコーなのですが、日が暮れるのに合わせてその姿を美しく変えていく東京タワーの姿は圧巻です。

 

東京タワーってこんなに美しかったんだ、そんな乙女な気持ちにさせてくれます。子供のころから見慣れてる東京タワーですが、こんな近くでじっくり見たことはありません。なんかねー、知らないこと、気づかないことってあるんだよなー、いつもながらそんなことを感じます。

 

他にも気づかないだけで、スゴイ場所ってたくさんあるんだろうな。今度は家族を連れてきてあげたいな、殊勝にもそんなことを思います。

 

こんな時節柄でも、楽しみ方は自分次第、何事も前向きに取り組まないと出会えるモノにも出会えません。こんな時だからこそ、もっと意識して取り組まなきゃいけないよな、自粛することだけが正解ではないと思うのです。

 

もっと前向きに、もっと積極的に、そしてもっと安全に、何事にも取り組んでいくことが大事、それが新しい社会を作っていくことだと思います。楽しめることはまだまだあるに違いない、真夏の夜の夢をもっと見ちゃいましょう!

 

未来は僕らの手の中 ~新しいビジネスを考える~

https://cdn.pixabay.com/photo/2017/11/16/19/29/spring-2955582_1280.jpg

 

新型コロナウイルスによって、経済が大きなダメージを受けているわけだけど、業界によってその差はものすごく大きい。

 

観光業や飲食業は撃沈だ。この状況ではやむを得ないけど、回復には相当の時間がかかるに違いない。っていうか回復するのだろうか、これまでのようにインバウンドなんか当てにできる日が来るのだろか。飲食業がテイクアウトに舵を切っているように、観光業も当面は国内、しかも近場の人に向けた新しい観光スタイルの確立が求められるんではないだろうか。

 

実際に僕らが知らないだけで、近場にだって風光明媚な場所はある。そこにいるだけで癒されるような場所、そして、そこでしか購入できない野菜やお酒、それを目的に出かけるだけだって十分楽しいはずだ。

 

その場所へは安全にいけなければならない、となるとやっぱりクルマ、自家用車で出かけるのが何より安心だし安全だ。となると、今は自動車業界の落ち込みはひどいもんだけど、これからはクルマの新しい需要が増えるに違いない。

 

行先は主に近場だから、シティコミューターでいい。レンタカーやカーシェアじゃなくてやっぱり自家用車、となると小型のEVの需要も増えてくるかもしれない。これからは学校や会社だってクルマ通勤が前提になるかもしれない。

 

そうなると会社や学校だって、都会にある必要はない。仕事のスタイルだってテレワークが主流になるはずだから、たまに通うことができればいいわけだ。

 

最近は郊外に家を求める人が増えているらしい。なぜかっていうと、やはり家でのテレワークにみな悩みを抱えているから。自分の部屋を持っている父親なんてそうはいない。家族に気を使いながらの仕事、特にオンライン会議などはやりにくくてしょうがない。

 

毎日通勤するわけではないのだから、駅から少し離れても、書斎のある家に住みたい。そんな人たちが増えているようだ。

 

こんなことをちょっと妄想するだけでも、これから求められるビジネスが見えてくるな気がする。

 

・新鮮な地元野菜や果物の販売所
・フルオープンな屋外型のレジャー施設や飲食施設
・駅遠の書斎&駐車場&蓄電池付き一軒家
・こじゃれた小型EVやEVオープンカー、電動バイク
・会社や学校がセットされた郊外型のスマートシティ

 

やっぱり、こんな時代だもの、経済の立て直しは内需の拡大が必要なんじゃないだろうか。みんな頑張りましょー。

 

幸せの風景 ~海でズワイガニ~

かに, 蟹, ズワイガニ

 

松本ドライブ旅の二日目、信州を離れ日本海を目指して北上してみた。白馬を通って糸魚川へ、風光明媚な田園景色を抜けると、途中からはトンネルだらけ。黒部ダムも近いこの場所だもの、今は簡単にトンネルで抜けられるけど、むかしは大変だったんでしょうね。

 

日本海に出るとしばらくは海沿いの道を走ります。海岸沿いの一本道、こういう道は格別です。なんか、何にも考えないでいられる、そんな時間です。海沿いに建つ家は木造の家が多く、昔ながらの風情を感じさせます。

 

道の駅「能生」に立ち寄ります。随分と大きな道の駅、昼前ですが既に駐車場はいっぱい。海岸沿いまで歩いていけるので少し散歩することにしました。

 

海辺には家族連れがたくさん、道の駅で買ってきたものなのか、みんなそこら中に座って何か食べてます。何食べてんだろ?そう思ってよく見ると、なんと、桶に入ったズワイガニをみんなで貪り食べているではないですか。

 

道の駅に行くと、そこにはたくさんのズワイガニのお店、皆ここでゆでたてのズワイガニを買い、桶に入れてもらって、各々が好きな場所で食べているのです。家族連れもいれば、恋人同士もいる、なんとも幸せな光景です、

 

はー、こういう場所もあるんだ、日本って広い、そんなことを感じます。

 

僕も食べてみようかな、なんてことは微塵も思いません。面倒くさい食べ物ってキライなんですよね、手が汚れるのも嫌い、ということで二階のレストランに入り地元の自魚丼を食べました。これがこの二泊三日のGoTo一人旅で、唯一食べたご馳走です。

 

何かこういう場所に来るたびに、もっと色んなところに行ってみたいな、色んなものを見てみたいな、そしていつか家族と来たいな、そんなことを思います。

 

僕の家族はクルマが嫌いで、ここ数年ドライブに一緒に行くことなんてありません。こんな場所もあるんだよ、そう言ってやりたいな、見せてやりたいな、そんなこと思いながら次の街へと向かう僕なのでした。