モヤモヤ感が半端ない 〜カルロス・ゴーンと僕らの社会〜

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最近ニュースを見ていて、残念な気持ちというか、なんかモヤモヤした気持ちがずっと残っていた。カルロス・ゴーンさんの事件についてなんだけど、何がモヤモヤするのか考えてみた。

まず、犯罪の内容やそれが本当にあったかどうかについては、本人自身の問題だし、悪いこと、法律に触れることがあったのであれば処罰を受けるのは当然、徹底的に調べて明確にすればいいことだと思う。

以前もブログに書いたんだけど、あれだけ大きな功績をあげたのに、ゴーンさんも所詮はサラリーマンの経営者、業績残してなんぼの経営者はケチであるべきだから、報酬というかお金に固執して当たり前、自分の理念やら理想を実現しようとする実業家ではなかったということなんだと思う。犯罪が本当なら残念なこと。

暇な人たち 〜サラリーマンは忙しい〜 - 「青い日々」

僕がモヤモヤしているのはゴーンさん本人に対してではなく、彼を取り巻く関係者の一連の対応について。日産、検察、マスコミに対してです。

まず日産なんだけど、被害者面してるけど、これゴーンさんの個人犯罪ではないですよね、組織的な犯罪。

だっていくら偉い人でも、その偉い人に言われたから、何億円もの金を販売店に送金できるわけがない。これだけの大会社なんだから決裁に何十人も関わっているはずです。それなのに払う必要性のないお金だったなんて、一体どの面下げて証言しているのでしょう、そもそも遵法意識がない、株主訴訟の対象になる職務怠慢ぶりです。

もしもそれが、CIOリザーブとか言って、ゴーンさんの個人的な権限で使えるお金としていたなら、そんなものが存在すること自体が会社としての体をなしていません。それこそ株主をバカにした話、普通の会社なら、経営者が間違った判断、法に触れるようなアクションをしないように支え、サポートするのが会社スタッフの仕事です、それを放棄していたという時点でアウト、つまり本件は日産という会社自体の問題なんだよね。実際、日産自体も起訴されているわけなんだけど、その点について報道でもあまり触れられていないし、責任も追求されていない。会社のコメントも出てこない。司法取引したから良いってもんじゃないですよね。

それなのにゴーンさんひとりを悪者にしている時点で、単なるサラリーマンの社内抗争にしか見えない。そんなものに税金使って捜査してもらうんじゃないって感じです。

今回の疑惑だって、サラリーマンが会社の金をちょろまかしたかどうかという、ホントレベルの低い話。ホントなら日産の社内でちゃんと調べて問題があれば処罰して、法的に問題があれば、訴えればいいと言うだけの話なんだと思います。

続いて検察です。ここは悪事をさばく最前線組織ですので、相手が有名人だろうが政治家だろうが、カリスマ経営者だろうが、関係なく何事にも正面から果敢に取り組んでほしい、それが世のため人のためになるというもんですから頑張って欲しいと思います。

でも今回の一連の対応を見ていると、最もモヤモヤ感を強く感じる。まず対応がスマートでない、前時代的に感じます。

最も違和感があるのがマスコミへのリーク、これがまた半端ない、それを受けるマスコミもマスコミだけど、世論を誘導しようとしている感がものすごい、これ実は国民をバカにしています。もっと正々堂々とやってほしいんだよなー、それだったら応援しますよ、でも今の対応では正直応援できないというか信用できないと感じてしまう。取り調べで何かひどいことしてるんじゃないか、ってそりゃ思っちゃいます。

人質司法と言われているけど、テロリストとか殺人犯ならまだしも、経済犯罪でこんなに長期間、そして何回も勾留するのはやっぱりやりすぎだと思います。

極めつけは、今回の四回目の逮捕。朝の6時前ですよ、ゴーンさんまだパジャマ着ていたらしいじゃないですか。なんで指定されたカメラ付きの制限住所で保釈されている人をこんな早朝に勾留しなければならないのか。

報道では保釈条件とされたカメラに映らないように捜索したとか(見られて困るような捜索だった?)、公判に向けたゴーンさんの弁護士サイドの資料も持っていったとか(いくらなんでもこんなのあり?フェアじゃない)、奥さんのバスルームにも入ってきたとか、ハッキリ言って異常です。

捜査する係官だってかわいそう、6時前に捜索ということは一体何時に起きて何時から準備していたのでしょうか、残業代や手当はちゃんと払われているのでしょうか、働き方改革法案をなんだと思っているのか、今年度から施行されたはずなのに、これではブラック企業です。

保釈後の逮捕は異例との指摘に、そもそも保釈自体が異例と「検察関係者」のコメントとして報道されていたけど、これ言っちゃいけないですよね。なんでも思い通りにされちゃう、できちゃうってことじゃない。マスコミもちゃんと指摘してほしいと思います。

僕は日本の警察や検察って、本当に優秀で、倫理観や正義感に熱い人達が、骨身を削って働いていると信じているのだけど、今回の対応を見ると、ゴーンさんが裁判で無実にでもなると組織的にまずいから、何が何でもやっつけちゃおうという感を凄い感じる。これが自分だったらと感じるとホント恐ろしい。そう考えると、ゴーンさんって凄いな、と違う意味で感嘆しちゃいますけどね。

いずれにしても、このような対応を組織で指示している人たちの思考回路が、犯罪の摘発が目的ではなく、本件の有罪、そして組織の正当性に重きが置かれてしまっているように感じるのです。

そしてその思考回路が先に述べた、日産のサラリーマン組織の自分たちが守られればいい、嫌な奴はいなくなれ、という組織優先的な思考回路と一致しているような気がしてモヤモヤするのです。

そう、目的が犯罪の摘発から、自分たちの組織の維持、もっと言えば、サラリーマンとしての自分の保身にいっているような気がしてしょうがないのです。

だから一言で言えば、マスコミへのリークや世論操作なんかしないで、正々堂々とやってほしい、それだけ。きっとできると思うんですよね。そして、すごいな、頑張ったな、よくやったな、と思わせてほしい、僕らに誇りに感じさせてほしいと思います。

そして最後がマスコミ。これが一番頑張れというところです。もうホント嫌になっちゃう、だって検察のリークばっかり報道して、それだからか内容も検察より。そりゃそうだよね、変な記事書いたら検察から情報もらえなくなっちゃうもんね。

でもこれが一番まずい、末期症状だと思います。もっとフェアに、犯罪は犯罪で報じてくれればいいんだけど、前述したような日産や検察の対応についても、きちんと専門家の見解を交えて科学的に報じてくれない。思惑に乗せられて、世論誘導に加担してどうすんだよ、そんなものに反旗を翻す新聞社があってもいいはずなのに、みんな同じような傾向の報道ばかり、これじゃ報道の談合です。ホント思います、頑張れマスコミ!

僕は日本っていい国だよなーってずっと思ってる。

四季があるし、経済的にも裕福だし、みんな真面目で勤勉だし、何より平和だし。他の国だってその国なりの良さがあるんだろうけど、客観的に見て良い国だと思うんだよね、そこに住む僕らは恵まれてるよなと思っている。

でも今回の一連の対応を見ていると、そうかまだ文明国、先進国じゃなかったんだと思っちゃう。欧米に対する劣等感ってみんな少なからず感じていると思うけど、やはり本当に劣っていたんだと再認識せざるをえない。

だからマスコミだって、いつも海外でどのように報道されているかばっかり気にしている。自分たちが正しいのかどうか自信がないからなんだよね。

やっぱり、僕らはもっと成長しなければならないんだ、大人にならなきゃいけないんだ。今一度、客観的に自分たちのことを見て思って、何を改善しなきゃいけないのか、何をしなきゃいけないのか、本質を考えて取り組んでいかなければいけないんだと思う。

欧米に対する劣等感だってあっていい、実際彼らのほうが進んでいることはいっぱいある、だけど卑屈になる必要なんてサラサラない、そしてこれも大事なことだけど謙虚になることが重要、自分たちが全て正しいなんて思っちゃいけない。

ちょっと大きなこと言っちゃったけど、自分自身に当てはめても考えるべきだと思う。ちっぽけな僕らだって、仕事やら学業やら、自分が担っていることを真剣に謙虚に前向きに取り組んでいくことが大事なんだと思う。それが社会全体を良くするんだろうからね。

モヤモヤ感じることは多々あれど、そんなことばかりいっていてもしょうがない、自分でできることは自分で取り組むってこと、青く青くあの空のように青く色んなことを考え取り組んでいきたいと、そんなふうに感じる、桜も満開の今日このごろなのでした。

 

 「出る杭になれ」

 

  出る杭は打たれる

 

  だったら

 

  出る杭になれ

 

  そんなこと言う人がいる

 

  出る杭って

 

  なんだ

 

  邪魔じゃないか

 

  だから打たれるんだ

 

  そんなところで出ちゃだめだ

 

  出るべきところで出る

 

  それが大人だ

 

  散歩をしていたら

 

  緑道の脇

 

  きれいな草

 

  雨を蓄え

 

  輝いている

 

  新しい芽

 

  黄緑色でいきいきして

 

  そんな中

 

  大きく伸びた

 

  一本の草

 

  新しい芽をたくわえ

 

  どこまでも伸びていく

 

  そんな初々しさ

 

  歩くのに邪魔だから

 

  切られちゃった

 

 

生きている 〜僕らの役目は子孫を残すことだけなのか〜

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先日、沖縄を訪問し、備瀬のフクギ並木をはじめとした沖縄の樹木たちに大変感銘を受けました。なんか生きてる感がものすごい。

実際僕はフラフラと散歩をすることが好きで、そこいら中の木や草花を見ながら、なんか自分も見られてるよな、と感じることが多かったのですが、沖縄の樹木たちを見て確信しました。

彼らは僕らと同じように生きている。当たり前のことですみません、でもこれホントなんです。

稲垣栄洋さんの「面白くて眠れなくなる植物学」という本を読みました。ホント面白くて眠れなくなりました、僕の知りたかったことがたくさん書いてあった。

この本によると動物と植物とでは基本的な生きる仕組みに大きな違いはないとのことです。つまり動物と植物は同じ祖先から進化していった、そして植物が動物と決定的に違うのは光合成ができること、正確に言うと光合成ができる葉緑体をもっていること、これによって生きるために必要な糖分を自ら作り出すことができてしまう。

それによって、植物は動物のように食べ物を探す必要がないだけ、だから動く必要がないだけ、ということらしいのです。

ちなみにキウィフルーツやいちょうの木はオスの木とメスの木があるそうです。基本、一つの花の中には雄しべと雌しべがあって、自らの花粉を風に飛ばしたり、昆虫を呼び寄せたりして、他の木と交雑するのですが、それだと自家受粉の可能性も会って、その場合自分と同じような性質の子孫ばかりが残ることになってしまう、だからあえてメスの木とオスの木で分けている植物もあるのだそうです。

うーん、ほんと僕らと一緒で、優先順位の第一位は子孫を残すこと、つまり植物も動物も生きてる目的は同じなんですね。

こんな樹木たちですもん、当然ながら生きているわけだし、その生き方が違うだけで、彼らは彼らなりの意識があって、目や鼻や口がないだけで、互いにやり取りをしているんだと思います。

僕らも普段は気づかないだけで、何かのきっかけで気づき感じるはず、そして一緒に暮らしていることを知るはずです、だからたまに近所の公園の大きな木に抱きついてみることをオススメします。

きっと何かを感じるはず、僕らにはない力をもらえると僕は信じています。

この本には続きがあって「怖くて眠れなくなる植物学」といいますが、そこには更に一歩先に進んで、植物は不老不死の生き物だと書かれています。

植物は枝を落としても新たな枝を伸ばしてくる、雑草だって耕されて茎がちぎれても再生して再び増えていく、木だってそう、「接ぎ木」「挿し木」何ていうやり方で体の一部を分離して増やすことができる。そろそろ見頃の桜のソメイヨシノ、これはほぼこのやり方で増殖されてきたそうです。つまりクローンですね。

となると自分は死んでも自分の分身は生き続ける、さてさて、それでは自分とは何なのか、命とは何なのか、とこの本には書かれています。ホント眠れなくなりますね。

それにしても確かなのはみな懸命に生きているということです、そして子孫を残していく、動物だろうが植物だろうが、これが僕らの宿命なのだと気づくことができます。

さてさて、僕自身はそんな立派な宿命を全うできているのかしら、当たり前のようにこどもを育てているつもりですが、親としての役割を果たすことができているのかしらと思います。でもそんな思い高ぶりなのでしょうね、こどもはこどもで何かを感じながら勝手に成長していくのだと思います。

だから自分は自分で、生きている価値を見つけないとですよね。

備瀬のフクギに力をもらいましたが、もらっているばかりではダメ、僕もなにかの価値をもって、その価値でみんなに力を与えられる存在になりたいものだと強く思った次第です。

些細なことでもいいから精一杯頑張っていきたいな、そんなふうに青く感じた沖縄の旅なのでした。

 

 「桜の花」

 

  桜の花が咲きました

  開花宣言

  まだかまだかと大はしゃぎ

 

  桜よ桜よさくらさん

  君は何のために咲くのかい

  僕らのために咲くのかい

 

  違うよね

  自分のために咲くのよね

  僕らのことなんて関係ない

 

  だから僕らも咲きましょう

  精一杯に咲きましょう

  どんな花でもかまうもんか

 

  僕らは僕らのために咲きましょう

  桜になんか負けるもんか!

 

こんな引退試合があるのか 〜メジャーリーガーじゃない、最高の野球小僧だ〜

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いつものようにテレビを見ていただけなのに、いつものように応援していただけなのに、いつものようにヒットになりますようにと思っていただけなのに。

イチロー選手が引退した。

そんなことまったく思っていなかった。だから試合前に、いつまでもこの姿を見ていたいな、なんてお気楽なブログを更新していた。本心だったし、そうなるものだと思っていた。イチロー選手のメジャー開幕戦を単に楽しく見ていただけだった。

なんかいつもと違う雰囲気があった、選手たちが緊張していた。菊池雄星選手、メジャー初先発、当然といえば当然かもしれないけど見るからに緊張の面持ちであることがテレビの画面を通じてもよくわかった。彼は知っていたんですね、この試合がイチロー選手の最後の試合であることを、だからこそ変なピッチングはできないと緊張していたのではないでしょうか。

そしてイチロー選手、相変わらずカッコいいなと思いましたが、以前のような鋼の身体の上にユニフォームをまとっているような印象は薄まり、なんとなく腰の周りが痩せていてユニフォームがだぶついているように感じた。

そして8回の最終打席、内野ゴロ、その球には勢いがまったく感じられなかった。えっ、何この打球、これがイチロー選手の打球なの、そんなふうに思った。でも次の瞬間、全力で一塁ベースを駆け抜けるイチロー選手がいた、アウトにはなってしまったけど、この走る姿に違和感はなかった、だから少しだけ安心した。

でも次の回、ライトのポジションについたときに、監督が交代の指示、その瞬間マリナーズの選手たちが一斉にベンチ前に引き上げていった。イチロー選手を迎えるために。

うそ、ホントに引退しちゃうの?

試合中にもかかわらず、選手たちが慈しむようにイチロー選手との別れを告げる光景がそこにはあった。その時のイチロー選手の仕草、立ち居振る舞い、すべてが完璧、カッコいい、その一言に付きました。

テレビの前、僕の心は震えていました。いま、この瞬間、とんでもないものを見ているんだな、そんなことを思った。

試合後のインタビュー、イチロー選手は僕が思っていたことと若干違うことを話していた。

「純粋に楽しいということではないんですよね。やっぱり、誰かの思いを背負うということはそれなりに重いこと」

「人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまでも、はかりは自分の中にある。それで自分なりにはかりを使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと越えていくということを繰り返していく。」

ものすごい重い言葉ですが、それは一般の僕たちの日常と何ら変わらないことでもありました。テストでいい点を取りたい、新しい仕事を受注したい、まわりの人の期待に答えたい。僕らの日常と何ら変わりません。

僕は勝手にイチロー選手の思考回路は我々とは違って、異星人のような感覚で生きている人かと思っていました。違いました。普通の一般人でした、それもグレイトで突き抜けた一般人。

そしてこんな事も言われていました。

アメリカでは僕は外国人ですから。このことは……外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。」

イチロー選手は純粋なメジャーリーガーであって、アメリカ人だ、日本人だなんていう感覚はないのかと勝手に思っていましたが、これも違いました。イチロー選手は日本で育った日本人として、長嶋選手や王選手と同じメンタリティを持ち、そしてアメリカに挑戦してメジャーリーガーですらなし得なかったことを成し遂げたひとりの日本人だったのです。

だから最後の場所に日本を選んだ。最初は違和感がありました、イチロー選手ならメジャーリーガーとして、アメリカで他の選手と同じような場を持ち意外とさらっと引退するんじゃないのかなと勝手に思っていました。

それがあの光景、「日本代表としてアメリカで誰もできなかったことをしてきたぞ」、そんな最後の姿を我々に見せてくれたのではないでしょうか。そんなイチロー選手ですから日本のプロ野球に復帰するという選択肢はなかったのでしょう。

あの光景を茶番と言った人もいるようですが、それを言うならグレイトセレモニーが正解だと思います。自分の引退試合をするためにメジャーリーガーを大勢連れてきて、しかも真剣勝負の公式戦まで開催させてしまった、それを我々や世界中の人に見せつけた、恐るべしイチロー選手です。

なんかこう考えると、失礼な言い方ですけど、とても昭和な感じがする。でも昭和生まれの平成育ちなんだからしょうがない、だけどそれを突き抜けて新しい境地に到達してしまった、それがイチロー選手の本当の凄さだったのかもしれません。平成の最後にそんなすごい人を見てしまったという感じです。

休みの日になるといつもBSテレビでイチロー選手の活躍を見る、そんな日常が終わってしまいました。僕はニューヨーク・ヤンキース時代の背番号31のイチロー選手が一番印象に残っています。なんか楽しそうだった、俺はヤンキースで試合をしているんだ、あのジーターやロドリゲスと一緒だぜ、そんな嬉しさが見ていてよくわかった。マリナーズ時代のようにレギュラーでも一番バッターでもなくなってしまったけど、もがきながら、苦しみながら、それでも純粋に野球に取り組んでいる姿がそこにはあった。

やっぱりイチロー選手、単なる野球小僧なんだよね、それもサイコーの野球小僧、だから僕らも見ていて心躍ったし、楽しかった。

ホント陳腐だけど、ありがとうございました、こんな言葉しか出てこない。あの素晴らしい光景、僕は忘れることはないでしょう。

イチロー選手、こんな事も言っていました。

「成功すると思うからやってみたい、それができないと思うから行かないという判断基準では後悔を生むだろうなと思います。やりたいならやってみればいい。できると思うから挑戦するのではなくて、やりたいと思えば挑戦すればいい。そのときにどんな結果が出ようとも後悔はないと思うんです。」

サイコーだったぜ、イチロー選手!サンキュー!!

 

 「僕のアイドル」

 

  僕には好きな歌手がいた

  コンサートにも行ったし

  レコードも買ったし

  ラジオも聞いたし

  歌も歌った

 

  彼はおじさんだったけど

  ピアノが上手で

  踊りは下手だけど

  パフォーマンスも苦手だけど

  いつも一生懸命

 

  僕は彼が何を歌っているのか

  知りたくて

  知りたくて

  辞書を引きながら

  ノートに書き出した

 

  僕は彼になりたかったから

  彼のサインのマネしたり

  彼の歌い方を真似したり

  彼と同じシューズを買ったり

  彼が好きな飲物を飲んだり

 

  ある時

  新聞に彼の記事が乗っていた

  珍しいな

  そう思ったら

  彼は遠くに行ってしまったらしい

 

  僕は

  僕の心は彼の心で作られていたから

  僕は

  どうしたらいいのだろう

  そう思ったけど

 

  僕の心は

  僕の心でしかなくて

  彼の心だけでなくて

  色んな人達の心で作られていたから

  僕は僕なんだ

 

  だから

  僕は歌うんだ

  僕は描くんだ

  僕は書くんだ

  僕の心を

 

  誰かに伝えたいから

  彼がしてくれたように

  僕も

  誰かに

  伝えたいから

 

Take Me Out to the Ball Game 〜素敵なイチロー選手、素敵な観客〜

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メジャーリーグが日本で開幕しました。やっぱりイチロー選手はかっこいいよなー、こんな凄い選手の全盛期を見られたのは幸運なことだと思います。残念ながら選手としての終焉は近づいているのは間違いないと思いますが、野球が好きなんだったらどんなリーグでも自分が満足いくまで続けてほしいな、と勝手ながら思います。前例や一般論にとらわれる必要なんてサラサラ無いんですから、いつまでも好きなことに打ち込む、かっこいいイチロー選手でいてほしいな、単純にそんなことを思います。

それにしてもイチロー選手もそうですが、サッカーのカズ選手も、どうしてこうまでプレイヤーにこだわるのでしょう。いままでの文脈だったらとっくに引退してどこかのチームの監督をしていてもおかしくないと思います。

やはり彼らはプレイヤーとしても超一流なのだと思いますが、いままでの文脈に従わないというか、そもそもそのような発想がないところが、本質的に凄いところなのだと思います。

野球が好きだから、サッカーが好きだから、そりゃ若い頃に比べたら体力は衰えているだろうけれど、やりたいんだから僕の勝手でしょう、見たくなければ見なければいい、採用してくれるチームがあるんだから僕は思う存分楽しみますよ、僕は自分のためにプレーしているのであって、他の誰かのためにプレーしているわけではない、そんな感じじゃないかしら。でもそれだからこそ、みんなをここまで惹きつけるのでしょうね、本人は自覚してないんじゃないかしら、まったくすごい人達です。

これまでの発想だと、一流のプレイヤーだからこそ引き際を大事にする、プライドを守りたいと思う、そういうところなんでしょうが、そもそもそんなプライド自体が不要なものだという考えなんでしょうね、というかそういう考えがないのだと思います。僕ら一般のサラリーマンでもちっぽけなプライドに固執したりするところがあるっていうのにね、恥ずかしい限りです。

彼らは年齢的にはもちろん若くはありませんが、こういう人たちがこれからの時代を作っていくんだと思います。楽しむ、全力で楽しむ、だから全力で頑張る、そういうことなのでしょうね。僕もそんな彼らに少しでも近づけるよう、いろんなことを楽しんでいきたい、そして頑張っていきたい、ホントそう思います。

メジャーリーグはテレビで観戦したことしか無いのですが、いつ見てもスタンドに来ている観客たち、楽しそう、そんなふうに思います。おっきいビールやらホットドッグやらを食べながら、思い思いに贔屓のチームを応援して楽しむその姿は見ている方も楽しくなる。プレーする方も楽しむ、プレーを見る方も楽しむ、単純で素敵な光景です。

7回が終わるとどこの球場でもみんなでTake Me Out to the Ball Gameを歌いだすんだけど、こういうのもいいよね。幼い感じもするけど、いいの、ここはみんながみんな、子供みたいに無邪気になって楽しむ場所なんだからって割り切っている気がする。

そういえば、僕の好きなJリーグ横浜F・マリノスは試合が始まる前、スタジアムにレ・ミゼラブルの「民衆の歌」が流れます。なぜこの歌なのかはよくわかりませんが、純粋にこれから始まるんだな、楽しみだなとワクワク感が膨らみます。

先日、沖縄旅行の際に見に行ったFC琉球も試合前にみんなで「琉球愛歌」を歌っていましたね。やっぱりみんなで盛り上がって、この場所で大好きなスポーツを見られる幸せを感じられる、無邪気に楽しんじゃう、このような取り組みは良いんじゃないかなと思います。

以前、メジャーリーグレッドソックスの試合を見ていたら、8回くらいにSweet Carolineをみんなで大合唱していた。これほんといい感じ、なんか牧歌的で、みんな幸せそう、youtubeなんかにアップされているからぜひご覧くださいな。この曲はニール・ダイアモンドさんが駐日大使もされたキャロライン・ケネディさんの幼い頃の姿を見て歌った曲らしいです。

やはり、おらがチームごとにいろんな流儀や歴史があるのでしょう、こういうのもスタンドで観戦する楽しみですよね、国内国外問わずスポーツを楽しむ人達、そこに自分たちも参加したい気持ちが、このような歌を歌わせるのでしょう。

さて、メジャーリーグも開幕しましたし、日本のプロ野球ももうすぐ、そしてJリーグ早くも盛り上がってるし、楽しみな春が到来しました。

イチロー選手もいつまで現役を続けるのか、カズ選手もそうです、でもそんなの本人の勝手ですよね、僕らがとやかくいうことではありません。でもそのかっこいい姿、いつまでも見ていたいなと勝手ながら思ってしまいます。

でもいいの、イチロー選手たちも勝手に頑張り楽しむ、僕らもその姿を見て勝手に楽しむ、それでいいんですよね。

僕も楽しく、そして一生懸命に頑張る選手たちに負けないよう、何事も一生懸命に楽しく頑張りたいと改めて思い感じた、そんな春うららでした。

 

 「a part of your life」

 

  a part of your life

  昔聞いたこんな曲

 

  あなたのために生きていきたい

  あなたの人生を一緒にいきたい

 

  そんな事言われたら

  僕なら困っちゃう

 

  僕の人生は僕のものだから

  君のものではない

 

  それに僕の人生は

  そんな大したものじゃなない

 

  だから僕のことに構わないで

  僕の好きにさせておくれ

 

  君を巻き込みたくない

  だって僕の人生はそんな素敵じゃないから

 

  きっとこう言うだろう

  でも

 

  僕もこう思っていたらどうだろう

  君の人生を一緒にいきたい

 

  そういうことなんだろう

  それが結婚するということなんだろう

 

  素敵だね

  僕はそう思ってしまうのだけれど

 

  きっとこれが普通のことなのだろう

  あたり前のことなのだろう

 

  a part of your life

  今日一日口づさんで過ごしてみよう

 

沖縄の海と山 〜備瀬のフクギ並木には何かがいる〜

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沖縄に来ています、約10年ぶりの沖縄ですが、まず圧倒されたのが外国人観光客の多さ、日本人より多いんじゃないだろうか。調べてみると10年前の外国人観光客は約23万人、それが昨年度はなんと269万人、そりゃ多く感じるはず、観光客誘客キャンペーンや 新国際線ターミナル、大型 クルーズ船寄港の為の整備などが成果をあげているとのことです。素晴らしい。

コストパフォーマンスもいいんだろうね、土曜日に見に行ったJリーグFC琉球の試合、なんと入場料1500円に駐車場無料、いいよね、こういうの。それで一流のエンターテイメントが満喫できるのだから、うらやましったらありゃしない。やはり価格に見合う価値が提供できるかどうかは何事にも重要、そういう意味では沖縄全体が価格以上の高い価値を提供しているということなんでしょう。

それでも台湾の方やら中国の方やらで溢れかえっているホテルや観光地の姿は微妙に感じるものです。なんか僕らの大切な場所が軽く扱われているよな気がしちゃう。これって了見が狭いのかな、でもそう感じることは事実なので、僕ら日本人が押し寄せる海外の観光地でも現地の人達は同じように思っているのでしょう、何事もリスペクトが必要、そしてそれを相手に感じさせる行動や態度が必要ということなんだと思います。肝に銘じておこっと。

そんな沖縄、もちろん海のキレイさは特筆すべきものなのですが、今回大変感銘を受けたのがこの地で育つ樹木たちです。アカギやフクギ、そしてガジュマルといった樹木たち、なんか生きている、そう感じさせる木々、そんな彼らを見て僕もパワーをもらったような気がします。

有名な美ら海水族館の近くにある、「備瀬のフクギ並木」というところに行きました。ここにはその名の通り細い道の両脇にフクギが生えた並木道があって1時間くらいでひとまわり、散歩できるようになっています。ここは、なんと表せばいいのか清々しい空気に満ち溢れた空間、静と動、なんかこの世の大切なものがここにあるような気がしてきて、心がきれいになるような感じがします。ホントありがとうございます、とういう感じ、幸せを感じる、きっとここには何かがいるな、そんなふうに思う場所でした。

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並木道を抜けるとこれまたきれいな海岸があって、いいなこういうとこ、ずっといたいな、そんな気にさせられます。

しかし、そんな生命感に溢れた沖縄ですが、気になることもありました。それは山を切り崩しているシーンを何回も目撃したことです。いま辺野古の海を埋め立てて新しい米軍基地を作るということが問題になっていますが、そこを埋め立てるためには当然ながら土砂が必要なわけです。それを山から切り崩しているのでしょう。その山は美ら海水族館に向かう道にあり、反対する人でしょうかプラカードを掲げている人がいました。他にも新しいホテルがたくさん建築中のようで、道には多くのダンプカーが走っています。

そうなんだよな、なんか10年前に来たときよりも空気に埃っぽさを感じたのです、そして景色に緑が減っているような気がしていたのです。だからなのか、今回きれいなきれいな海よりも山々やそこに生える樹木たちに目がいったのでしょう。

テレビのニュースでは辺野古のきれいな海を埋め立てる、サンゴ礁が、といった情緒的な報道しかされませんが、その理由や、そのために切り崩される山のことなどあまり触れられません。やはり、来て見て、自分で感じることは大切だと改めて感じた次第です。

今回、「ひめゆりの塔」を訪れました。高校の修学旅行以来でした。ここで改めてこの地で戦争が行われたということを理解します。アメリカ軍が上陸して多くの日本人が追い詰められ亡くなったのです。そんなこの地ではありますが、今はアメリカ軍の基地もたくさんあり、結果的に日本人とも共存し、レストランでは米兵さんたちと一緒に食事をしている日常があるわけです。

一言で言えば平和ということなんですが、このような歴史は忘れてはいけないことだと痛感します。「道の駅かでな」の屋上からは嘉手納基地を見ることができます。ここは戦争をするための基地だということも改めて認識します。もしも朝鮮半島で有事が発生した場合、ここが再び戦争の場所になる可能性だってあるのです。そういったことも認識した上で、平和である今を認識する必要があるのだなと強く感じた次第です。

この「道の駅かでな」の2Fにあるレストランの「ビッグチーズバーガー」、頼んでビックリの大きさ、そして美味しさ、まさに絶品でした。知らずに頼みましたが、このレストランの名物だそうです。

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この沖縄のこの場所でアメリカ発祥のこのような食べ物を美味しく食べられるのは先人たちのご苦労のおかげだと思います、そしてこの当たり前のような平和が貴重なものだということを改めて感じます。いろいろな刺激や、気づき、感じることができた10年ぶりの沖縄、備瀬のフクギ並木で感じた何者か、これからもずっとここにいてほしいな、そんなことを感じた旅なのでした。

 

 「誕生日」

 

  沖縄に行ったんだ

  青い空に青い海

 

  地図を見たら

  ここは日本?

 

  そう思ったけど

  やはり日本とはちょっと違って

 

  何が違うって

  よくわからないけど

 

  空港に降りて思った

  空気が違う

 

  頭からバチン

  音がして

 

  僕は目が覚めた

  なにか生き返った気がした

 

  心の中から

  ワクワクする気持ちや

 

  ドキドキする気持ちや

  これらかに対する期待

 

  そんなものが生まれてきて

  湧き出してきて

 

  だから

  僕は

 

  知らないってことは

  生きていないってことだ

 

  そう思ったから

  僕は今日生まれたんだ

 

沖縄の風 〜FC琉球と琉球ボンバーズ〜

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沖縄に来ています、もっと温かいのかと思ったけど意外とひんやり、それでも自然あふれる海や島、そして南国の雰囲気を感じさせる空気、なぜかしら心がなごむ、温まるような気がする不思議な場所です。

沖縄にもJリーグのクラブがあって、FC琉球といいますが、そこに所属する中川選手、横浜F・マリノスへの移籍が突然発表されました。そこで土曜日に徳島との試合があるようなので見に行くことにしました。残念ながら中川選手はすでに移籍が決まってしまったので試合出場はなし、それでもファンに別れの挨拶をするためでしょうか競技場に来ていたようです。

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なんか普通に競技場の入り口あたりをブラブラしていたのでビックリ、私も思わずサインをもらってしまいましたが、琉球ファンの皆さんもみなサインを貰ったり写真を撮ってもらったり、残念なんでしょうけど、J1に挑戦する中川選手を快く送り出しているようです。中川選手を応援する気持ちのほうが強いように感じました。

なんかいいよなこういうの、と思います。なぜかというと僕自身、Jリーグで見られるサポーターさんたちのあの組織だった応援や態度があまり好きになれないからなんです。応援するのはいいんだけど、なんとなく殺伐としたあの感じが嫌なんですよね、ずっと歌を歌ったり飛び跳ねたり、しかも負けたらブーイングしたり、移籍した選手に対してもブーイングしたりしちゃう。

選手だって活躍できなければクビになるんだから、自分の意志で活躍の場を変えることは本人の自由なのにね。それにそこら辺はプロ野球よりJリーグの方がずっと選手の側に立った運営がなされていると思います。

正直、こういうサッカー場の雰囲気が家族を連れて観戦しにくいなあと思うんです、よっぽど野球のほうが洗練されているように感じる。もちろん野球だって応援団もいるし、選手に野次ったりする人もいるけど、なんか自由を感じます、みんな野球が好きで、純粋に選手のプレーを楽しんでいる、家族や仲間みんなで楽しんでいる、そんな感じがします。メジャーリーグなんかをテレビで見ていても、観客のみんなが楽しそう、7回が終わると敵も見方も関係なくおきまりの歌を歌ったりしてね。Take Me Out to the Ball Game。

やはりJリーグは歴史が浅いのかな、そんなふうにも思います。言い方は悪いけどファンの身内意識が高すぎる、そして応援もこうしなきゃ感が強すぎる。野球より選手が近いっていうのはJリーグのすごく良いところだと思うんだけど、その良い面が逆に出ている気がします。

で、FC琉球の試合ですが、ホント牧歌的でいい感じでした。サポーターの応援もそんなに必死感がなくて、と言ったら失礼ですが、他のチームのような絶対勝てよ的な感じがありません、がんばれよと応援している。選手のチャントをコールしたり、歌を歌い続けたり、他のチームと同じように応援しなければならない理由なんてサラサラ無いんだと思います、FC琉球ならではのオリジナリティを出すほうがよっぽど大事なことだと思います。

サポーター以外にも他のチームと同じように琉球ボンバーズというチアガールの方が試合前に踊るんですけど、これがまたちょっと太めの方がいたり、ガリガリの子がいたり、なんで?って感じもしちゃって失礼極まりないんですが、みんな楽しそうに応援しているのがとても良かった。なんと試合中もコーナーキックのときとか突然琉球ボンバーズが出てきて応援しだした、こういうの他ではないですねよね?

僕はいいと思います。なんかいつも思うんだけど、サッカー好きは通じゃなきゃって感じがすごいしちゃうんだよね、ヨーロッパはこうだとかウンチクなんていりません、応援だって自由、好きに楽しくすればいいのです、そしてチームにオリジナリティがあって、見に来ている人みんなが楽しめる空間になると素敵だなと思います。ぜひ行きたくなる。

で、試合ですがFC琉球が見事に勝利、J3から昇格したばかりのチームがなんと開幕4連勝、現時点でJ2首位です。こんなチームがJ1に昇格したら面白いな、そしてそういうことが可能になることがJリーグの面白さ。だから私達ももっともっと試合を楽しんじゃいましょう。ご贔屓のチームだけでなく、旅行に訪れたらそこで地元チームの試合を見る、これも旅の醍醐味、サッカーだけじゃなく野球でもバスケでも良いと思います。

もしもFC琉球が来年J1リーグ昇格なんてことになって、そこで中川選手要するマリノスと戦うことになったら面白いな、もちろんその前に中川選手はマリノスのレギュラーになる必要がありますけどね。

そんな試合でも、たぶんFC琉球のサポーターは中川選手にブーイングなんかしないと思います。それでいいと思うんですよね、そして中川選手は自分の成長を琉球サポーターに見せつける、そんな中川選手に負けないよう琉球サポーターはチームを応援する、そして楽しむ、こんな試合が見られれば、Jリーグももっともっと沢山の人が見に来てくれて、そして素晴らしい場所になると思います。

ということで、今週末もどこかのスタジアムに応援に行きましょう、そして楽しみましょう。そうだ、そろそろ野球も始まりますしね、そして応援するだけじゃなく僕らも彼らに負けないように自分ができることにがんばりましょうね。

 

 「いつもの」

 

  やちむん

  知ってる?

 

  沖縄の陶器

  きれいなその器は

 

  なぜやちむんというのか

  知らないけど

 

  そんなことはどうでも良くて

  僕は毎日やちむんのお皿でご飯を食べていて

 

  それが日常で

  それがいつものことで

 

  何も思わなかったけど

  沖縄で見たその器は

 

  やはり美しくて

  というか

 

  なにか力強くて

  生きていて

 

  それでいて

  日常で

 

  スカしていなくて

  普通に使われていて

 

  僕の日常と一緒だったから

  あーそうか

 

  やちむん

  そうだったのか

 

  僕は嬉しかった

 

感じる、そして考える 〜阿蘇山で宇宙旅行〜

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先日、熊本に出張した帰り、土曜日だったので一日レンタカーを借りて阿蘇山に行ってきました。いやあ凄い、日本にはこんな場所があったのですね。知らなかったな。百聞は一見にしかずといいますが、テレビや雑誌で見るのと実際に見るのとでは大違い。二日酔いではありましたが面倒臭がらずに行ってみたかいがありました。

まずはミルクラインを経て大観峰へ、そこで雄大な景色を目撃したあと、阿蘇山頂に向けて車を走らせ、草千里ケ浜という大草原でお散歩、そしてモクモクと噴煙を上げる火口を間近まで見に行きました。

火星みたい。

それが感想です。行ったことも見たこともないのにそんな感じがしました。きっと火星って、こんなところだと思います。で、火星じゃなくて火口の周りですが歩くことができます、なんというのかな、ホントくどいんだけどどこかの惑星を歩いている感じ、やっぱり地球も宇宙のひとつなんだよな、改めてそんなことを感じた次第です。

だってほら、前にも言いましたがどこかの社長さんが何億円も出して月旅行に行くって話題になったじゃないですか、そんなとこにいく暇があったらまず阿蘇山を登ったほうが良いです。そこで空を見上げてください、僕らの見ている空は宇宙なんだから宇宙のとある惑星にいることがわかります。まずはそこで何を感じるか、感じられるかから始めることをおすすめするわけです。

で、大変満喫した阿蘇山ドライブだったのですが、この日に借りたレンタカー、朝の8:30から18:00までの料金がなんと3,900円です。チッチャイ車かなと思ったらトヨタC-HRというそれなりの四駆の車でした。こんな安い値段でよくやってられるよなと思いましたが、レンタカー屋がひしめく観光地では特色を出して客を集める必要もあるのでしょう、利用者にとってはありがたい限りです。

やっぱり、働く側からするとなんでも一緒なんだけど自分たちだけの価値を見つけるのは難しいよなと思います、コモディティな商品になってしまうとお金だけが価値になってしまう、それでは寂しい限りだ。

だからこそ知恵を絞る、そこにイノベーションがあるわけだけど、当然ながら難しい、みんな一生懸命難儀しているわけです。

でもこんな状況は利用者からするとWelcome、最大限に活用すべきです。僕は出不精で面倒くさがり屋だからアクティブに活動するタイプではないのだけれど、今はこんな安い費用であちこちに行ける機会を得られるのだから、ドンドン活用すべきだと改めて思います。早く帰って家で寝たい、のんびりしたい、それも大切だと思うけど、もっといろんなものに出会い、いろいろな感動を味わうのは素敵で大切なことです。この格安レンタカーだってそうだけど、そんな機会が今はたくさん用意されている。

これからはプチアクティブにどこかに行ける機会があったら積極的に行ってしまおうと思う、とにかく行動する、その心がけが大事なんです。それでこそ、何かを感じる機会が得られるっていうものです、そんな時間はかけがえのないものだといつも思っているのですからね、はい、反省です。

そういえば絶景を堪能した大観峰ではなぜだか猿回しの芸が行われていた、結構観光客が取り巻いていましたね。反省ザルも大いに活動してるってわけです。

僕らも負けてはいられません、反省すべきは反省して、やっぱり自分にできることをアクティブに取り組む、それでこそ素敵な未来が切り開けるってもんです。そんなことを惑星阿蘇で感じた週末でした。

 

 「人間」

 

  バーベキューをしていたら

 

  空が青いことに気づいて

 

  風が心地よいことに気づいて

 

  日差しが暑いことに気づいて

 

  美味しい匂いに気づいて

 

  お酒が美味しいことに気づいて

 

  空気の香りに気づいて

 

  ひとりじゃないことに気づいて

 

  焼けたチキンを

 

  玉ねぎを

 

  ピーマンを

 

  食べたら

 

  食べ物の味がして

 

  僕らは

 

  人間だ

 

  そんな事に気づいて

 

  悪くないな

 

  そんな風に思って

 

  頭の上には真っ青な空

 

  ぽっかり浮かんだ雲たちが

 

  僕を見て笑っていた