「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

軽さは正義だ!会社PCをiPadに切り替える

 

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テレワークな日常になってから、会社に行くのは週1~2日ほど。その時には会社で支給されているPCを持ち歩きます。要は会社でも家でも同じPCを使っているんです。

 

これが私にとっては結構なストレスなんですよね。何がって、その重さです。モバイルタイプのノートPCなのでそれなりの重さしかないですし、常に持ち歩くビジネスマンは至る所にいるので、何言ってんのって思うかもしれませんが、僕はそう思うんです。

 

できれば、外出する時は手ぶらがいい。そう、僕は基本「手ぶら派」なのです。なので、一時は手ぶらで会社と家を往復していた時期もありました。それなのに。。。今はそんな訳にもいきません。

 

雨なんか降ったりすると、重い鞄もって傘さして、あーもーやだ、そんな感じ。

 

そんなときに会社からiPadを支給されたんです。10.2インチの無印iPadではありますが、docomoの回線も登録されています。

 

おっ、これだったら持ち運んでもいいかも。そう思いましたが、一緒に会社から支給されたブツにはごっついiPadカバーにbluetoothのキーボードとマウスが含まれており、これだけでiPadの倍ぐらいの重量がありました。

 

しかもサードパーティ製なのでデザインも。。。なんでこんなとこにケチるかなー。それでもApplePencilだけは純正品を支給頂きました。

 

もちろん会社のお金ですので、ワガママは言えません、純正はお高いですからね、会社は基本ケチであるべきです。

 

でも、こういうセンスって案外大事なんだよね、働く人の感性を育むことも大事なことなんです。そう思いながらも、ならば自分で買いましょうということで、何にしようか、あれやこれやと考えました(楽しー)。

 

結局、決定したのは、純正のipadカバー、それにApplePencilをマグネットで貼り付けられるホルダーです。やっぱ、純正が一番カッコいいし、スマートだし、カバーを取り外しできるのがいいもんね。裏面のカバーはないけど、どうせレンタルものだし(すみません)使い倒してなんぼでしょ。

 

最後まで迷ったのが、カバーをスマートキーボードにするかどうか。結局、私の特性からして、モバイルではそんなに使わないだろうということで、フツーのカバーにいたしました。会社で使う時は、支給されたキーボード使えばいいもんね。

 

ということで嬉し楽しやiPad、会社に行くときは基本これだけで済ますことにいたしました。あー軽くていいや、これ。

 

あとはPCと同じように仕事できるかだね、というかiPadならではの仕事のやり方を見つけねばなりません。と思っていたら、紙に印刷することも減ったし、資料レビューをPencilでできるなど、けっこう色々とできることがありんした。

 

うーん、やっぱ使ってみてなんぼだよな。自分のiPadももっと使いこなさなきゃ、そんなことに気づいた今日この頃でございます。

 

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センスはあるか、自分なりの価値観を育んでるか、それが問題なのだ

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早いもので、カルロスゴーンさんがレバノンに国外逃亡してから1年が過ぎようとしています。しかしスゴイこと考えたもんですよね、イタシタことの善悪は置いといて、この行動力、実行力は凄まじいものがあると思います。

 

それにしてもゴーンさん、大企業の日産とはいえ、いち私企業の社長さん、それが何十億という報酬を得ていたわけだから、フツーのサラリーマンとは違います。

 

最近は日本企業も海外企業並みに高額な報酬が支払われているようですが、まだまだ一握り。一般的な企業においては、役員であっても社長であっても、外資系企業のサラリーマン程度ということが多いのではないでしょうか。

 

だからね、僕の勤める会社なんかでもそうなんですけど、フツーのサラリーマンって偉くなっても「お金持ち」にはなれないんだよね、こんなこと良く思います。

 

そりゃね、それなりの報酬はもらえるわけで、誰と比べてってことなんだけど、役員になったからといって、別荘が持てるわけでも、ポルシェが買えるわけでもないんですよね。

 

それなのに、なんで、みんな偉くなりたがるんですかね。

 

うちの会社でも偉い人ほど、クタビレタスーツ着てる人多いです。もちろん、お金がないわけではないんですよね、飲み会やらゴルフやらの付き合いにはセッセとお金を使っているわけです。

 

もらえる報酬の絶対額もあるんでしょうが、何かなー、やっぱりセンスがないんだと思います。そこが問題なんだと思います。

 

お金を使うセンス、自分を着飾るセンス、人生を楽しむセンス。

 

それはなぜか?単に偉くなって、社会的な名誉を得て、部下から崇め奉られて、それで満足する人たちがとても多いからだと思います。会社自体がそんな人たちの集合体になってる。

 

だからよく言いますよね、定年になったとたんに何のアイデンティティも持たないツマラナイおじさんになっちゃうって。

 

やっぱりねー、価値観、仕事の中でどんな価値観を育むか、それが大事なんかじゃないかと思います。

 

お金持ちにはなれなくても、自分を表現するような服を着たり、行動をしたり、それが大事なんではないかと思うわけです。

 

そうじゃなければ、いっそ、お金持ちを目指した方が潔い。まあ、その場合も何のためにお金持ちになりたいのかって話なんですけどね。

 

僕はどんな価値観を持っているんだろう、仕事をする中で育むことができているんだろうか。

 

常に自問自答しながら、意識して生きていきたいな。大げさかもしれないけど、こんなこと本気で思っている今日この頃です。青くてすみません。

 

マグロを食って、健康になって、ココロを洗って、ココロの免疫力を高めよう

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三崎に行ってマグロを食べよう、そんなことを思って海に向かった。

 

横浜横須賀道路を下って、城ケ島方面を目指して楽しいドライブ。今年に入ってから三浦半島一帯に異臭騒ぎが起きている、地震の前触れ?そんなことも言われてるので、ちょっとだけ怖れ慄きながら向かいます。

 

道は思いのほか渋滞中、みんなも何かしらの刺激を求めてどこかに行きたいんだよね。自粛が求められてるここ最近だけど、各地の観光地は何処も劇混みみたいだしね。

 

三崎に着くと、さてどの店で食べればいいのかしらん?

 

何の下調べもせず来たもんだから、まったく見当がつきません。そこで止めた駐車場から一番近いお店、「まぐろ食堂七兵衛丸」さんにお邪魔することにしました。

 

というわけで、こちらのお店でお出ましになったマグロ丼様がこちら。

 

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ドテーン、すごい存在感。さっそくパクリと一口、うーん、やっぱマグロってうまい。なんか体中で新たな血液がドンドン作られ始めた気がします。こんなにたくさんのマグロを一気に食べたことないな、とっても美味しゅうございました。

 

そのあと、「うらりマルシェ」というマグロを販売するお店が軒を連ねる市場みたいなところによりました。もーどこもかしこもマグロだらけ。当然ながら冷凍されてものが売られております。

 

そこでハタと思います。

 

三崎のマグロって有名だけど、獲れたてってわけじゃないんだよね。水揚げ量が全国トップクラスというだけで、マグロ自体は各地から捕獲と同時に瞬間冷凍されたものがやってくるんだもの。

 

うーん、地元の名物海鮮というと、その日のうちに水揚げされた新鮮ピチピチなものをイメージするけど、マグロって違うんだよね。なんかココロの中に違和感がフツフツと。。。

 

でも美味しかったからいいか、単純な私はそれ以上深く考えることなく、城ケ島海岸へと向かいます。ここって、サイコーの場所、古めかしい灯台もあって何となく懐かしい景色、そんな海岸沿いを散策するのはとっても気持ちイイ。

 

何かこういう場所に来ると、ココロが洗われるよね。この三崎という場所、以前見たドラマ「泣くな、はらちゃん」の舞台だったんです。僕はこのドラマ大好きで、DVDも購入してしまいました。

 

そしたらね、さっき寄った「うらりマルシェ」にあったんですよ、主人公”はらちゃん”こと、TOKIO長瀬智也さんが着たスタジャンとナイキの靴が。。。

 

あー感動したなー、ここに、そしてこの場所に、”はらちゃん”がいたのか、そんなバカなことを思います。

 

でも、こういう休日もいいよね。ココロが洗われるといったけど、ココロの免疫力を高めることって大事だと思います。

 

健康なカラダは健康なココロから、そう、僕らはココロでコロナに戦うのです。そう考えるとできることってたくさんあると思う。本読んだり映画見たり、好きなあの人と会話をしたりね。

 

マグロを食って健康になって、ココロを洗って、ココロの免疫力を高めた休日なのでした。サイコー。

 

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責任を果たすとはどういうことか、コロナ対策に必要な根っこの話

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コロナの感染者が各地で増加している。テレビのニュースが毎日伝えてる、今日の感染者は○○人で過去最高です。日経の株価がバブル後最高値を記録しました。同じだね。

 

政府、与党も野党も、マスコミも責任の追及に一生懸命。だから追及を受ける方は、責任を果たすことに一生懸命。

 

責任を果たすってなんだろう?

 

辞書をみると、二つの意味が例示されていた。「自らに課せられた義務や責務を終えること」、そして「与えられた任務や役割を最後までやり遂げること」。

 

なるほどなー、テレビに出てくる人たちにとって責任を果たすとは、後者なんだろうね「与えられた任務や役割を最後までやり遂げること」。

 

つまり、与えられた任務や役割が大事なの。彼らにとって与えられた任務や役割とは、総理だったら総理としての役割、大臣だったら大臣としての役割、医師会会長だったら医師会会長としての役割、その役割として何をするかということ。

 

だから彼らにとって責任を果たすとは自分の「役職」に対しての責任なんですね、その役職として、世間から追及されることにどう責任を果たすかなんです。

 

しかも、その追及の内容は何かっていうと、政府の責任をどう考えるか、緊急事態宣言は出さないのか、Goto続けるのか、そして、国民に真摯に説明してないのではないか、人の命より経済が大事なのか、といった曖昧で情緒的なものばかり。マスコミも自らの役割を勘違いしちゃってる。

 

政治家もお医者さんもマスコミも頭のいい人たちの集まりなんだけどね、そんな人たちが、こんなことしか考えられないのはなぜなんだろ?不思議でしょ?

 

それはね、責任を果たすという意味が分かっていないからだと思います。

 

責任を果たすということが、「自らに課せられた義務や責務を終えること」だとわかっていれば、「自分に課せられた義務や責任」は何か、まずはそれを真剣に考えるはずだもん。

 

そうであれば、医師会がすべきはGoto止めろ、医療崩壊が近いと世間を煽ることではなく、病床やICUやお医者さんを増やすことだと思います。短期間にできることだってあるはずです、実際、ドイツなんかはすごい勢いでICUの数を増やしているらしい。

 

そして分科会(新型コロナウイルス感染症対策分科会)は、コロナは未知のウイルスだけど、だからって神のみぞ知るとか言わないで、この4月から今に至る実績を科学的に分析して、根拠に基づいた原因と対策を提言すべきです。これは大丈夫、これはダメってね。

 

そして、政治家はそれらの動きを徹底的に支援、サポートする、そして感染対策と経済との両立を図る、これに尽きるんだと思います。

 

バカでもわかることなのになぜやらないのか、できないのか、それは「責任を果たすこと」の意味が分かっていないからだと思いまーす。みなさーん、小学校の道徳の授業からやり直しましょー。

 

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いまさらながら気づく、活かす活かさないは自分次第

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最近テレワークをしていて思う、一日が経つのが速い。。。

 

毎日会社に通勤していた時に比べて時間の余裕があるはずなのに、なぜだかドンドン時間が過ぎていく、そんな気がして仕方がない。

 

実は、この4月からこれまでの営業職から企画職に変わったんだよね。なので、仕事の内容がテレワーク向きになったというか、テレワークの方が効率的で効果的、そんな職種になってしまっていたのです。

 

会議なんかも、これまでは出席者が出社する前提で調整してたし、相手の事務所に訪れたりなんかしてたので、時間的余裕というか空きの時間があったのだけど、今はすべてリモートで完結してしまう。

 

だから気がつくと朝から夕方までズット会議、そんな日も多いわけです。それでも自宅だから休み放題でしょ、そんな風に僕も思っちゃてましたが、実態はろくに休みもせずに一日が過ぎていく、そんな今日この頃だったのです。

 

うーん、会社にいる頃より、移動したり、バカ話したりする時間がない分、仕事漬けになってる。。。メリハリがない、そんなことに今更ながら気づきます。

 

僕は口下手だし、これまで会議でもあまり発言してこなかったんだけど、リモート環境ではそんな訳にもいきません、発言しないと存在自体が否定されちゃいます(本当は会議室であっても同じなんですけどね)。

 

ということで、以前より喋ってる時間も長いように思います。それに頭も使うから疲れるし(当たり前。。。)、一日閉じこもった部屋にいいるから目もショボショボするし。。。なんかよくない!

 

僕、仕事って基本的に嫌いなんです、それなのにこのメリハリのない生活、確かに朝晩の通勤がないだけ時間の余裕はあるんだけど、その時間を自分の時間にしてるかっていうとそんなこともない。

 

これはマズい!それに毎日出勤していた頃は、もっと自宅に近い場所で仕事をしたい、そんなことを考えていたことも思い出しました。

 

あれ?今その通りの仕事環境になってるんじゃないの?ということは、自分の時間が得られているはずなのに、なんか流されてる自分がいる、そこが問題なんだ、そんなことに気づきました。

 

この環境を活かすか活かさないかは自分次第、結局そこか!成長性してないねー。

 

でも気づいただけましだよね!今からでも遅くない、さあ、充実したテレワーク生活というか、自分時間の活用をもっともっと考えようじゃありませんか!ねっ、だって可能性は無限大なんだもん!!

 

楽しー。

 

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まだまだ日本にはステキな場所、ステキな仕事がいっぱいある!

 

千里ガ浜なぎさドライブウエイって知ってます?

 

このあいだNHKで紹介していて初めて知りました。石川県にある、砂浜を車で走れる道路なんですね。いやー、こんなステキなところが日本にあったんですね。やっぱ日本って素晴らしいや。

 

この場所、いつか行ってみたいなと思いますが、僕が気になったのはこの番組でたまたまインタビューされていた男の人。軽トラックで一人、この砂浜に来ていたんですね。

 

実はこの人、軽トラックの長距離ドライバーらしいんです。荷物をたくさん運ぶんじゃなくて、忘れ物とか、緊急に必要になったものとか、そういったものをピンポイントで指定された場所に運ぶドライバーさんらしいのです。

 

気になって調べてみると、確かにそういう仕事があるらしい。ただ、スポットな商売なので、いつも仕事があるとは限らない、そういうお仕事のようです。

 

でも、そんなお仕事ですので配達が終われば、それなりに自分の時間もある。だからこの人は、東京からきた帰り道、仕事終わりに軽トラでこの場所によってみたそうです。

 

素晴らしいじゃない。僕がしたかった仕事ってこう仕事じゃないのかしらん、そんなことを思い感じてしまいました。

 

今はまだムリだけど、是非とも定年近くなったらこんな仕事、こんな生活をしてみたいもんだ、本気でそんなことを思いました。

 

その時に乗る車も決めてます。もちろん軽トラックではありません、私が思うのはこれ、ルノー「カングー」ちゃんでございます。ねっ、ステキだと思いませんか!

 

Safety Image

 

似ているあの人たちを見て思う、自分は一体誰なのか?

 

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つるの剛士さんと上地雄輔さんの区別がつきません。というより、最近まで同じ人だと思ってました。

 

似てますよね?少なくとも私には見分けがつきません。でも、ご本人にとってはご自分のアイデンティティを否定されるようなものですし、似てる似ていないという問題ではなく、大変失礼な話だと思います。特に芸能人という、自分が知られてなんぼの世界にいる人にとっては屈辱ものかもしれません。

 

でもね、なんでこんな話をするかっていうと、他人から見た自分なんて所詮そんなもんってことなんです。自分が思うほど、自分のことをあーだこーだ思ったり、考えている人なんてそういないってことなんです。

 

僕なんかすぐに人の目を気にしてしまうんだけど、他人の目なんて所詮はそんなもんなんです。だからだから自分が自分にとってどうあるべきかが大事なんです。それに尽きると言ってもいいかもしれません。

 

だから、つるの剛士さんと上地雄輔さんのお二人にとっては大変失礼な話でしょうが、自分が自分であれば、あとは自分をわかってくれる人がいればいい、それでいいんではないでしょうかね。

 

お二人みたいな芸能人さんでも、僕らみたいな一般ピープルでも一緒のことだと思います。

 

だからね、僕らはあの人みたいになりたい、なんて思ってあの人のまねをしてはいけないんです、あの人はあの人であって、自分ではないんですから。

 

自分を他人がどう見るか、そんなこと知ったこっちゃないよね。だって自分は自分でしかないし、自分に自信があればそんなこと気にする必要もない。

 

ということは、他人の目が気になるってことは、自分に自信がないってことなんだよね。

 

ほら、だからね、やっぱりまずは自分なんだよ。自分でしたいこと。自分で考えたこと、それをやり遂げるに尽きます。

 

さあっ、ガンバローっと。

 

諦めか、鈍感力の向上か、それでも日々は進む

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若いころね、良く思った。僕は何だってできる、本気さえ出せば、どんなことだってできる。やろうと思えば、いつでも何でもできるんだ、本気でそう思っていた。

 

そんなこと思ってから数十年、フツーの生活を送っている僕がいる。それでもココロの奥でこう思っている僕がいる、本気出せば、テレビに出ているあの人なんかよりもスゴイことができるはず。でもね、最近わかってきたこともある。

 

僕は頭もそんなによくないし、根気もない、喋るのだって上手じゃない、どちらかと言えば口下手な方。というより、人に伝える何かがない、足りない。そんなことがわかってきた。

 

それでも、何かに気づく、気づける自分でいたいし、実際、自分なりに気づいてきたものもあると思っている。それを表現したくて、こんな雑文を書いているのかも知れない。

 

そして、そんな僕は自己嫌悪に陥ってるのかというと、そんなこともない。そんな自分でもいいじゃない、そんなことを思う自分がいる。

 

これってあきらめの境地ってやつなのかな。自分で自分を慰める、正当化させる、そんなことなんだろうか。たぶん半分そうで、半分そうでない。

 

なんかね、自分は自分なんだから、そんな自分でいいんだ、そんなふうに自分のことを肯定させる自分がいる。別に人より優れた自分になる必要なんていない、自分は自分なんだから、こんな自分でしかないかもしれないけれど、こんな自分でいいじゃない。そんなところだ。

 

よく考えたら、常に自分はこんなことを思って、考えて生きてきているような気がする。人より優れた自分でありたい、そんなこと思いながら、人と比べてどうすんの、自分は自分でしかないんだよ、そんな達観した自分がいる。

 

さてさて、僕はあきらめた自分になっているのだろうか。それとも鈍感力が歳とともに向上中なのだろうか。わからない、わからないけど、自分に褒められたい自分になりたいと思っている自分がいる。

 

そうね、自分は自分でしかないんだよね。いろいろ考えて気づいたことがある。

 

何だってできるとかっていうのは、他人と比べて、どうこうできる、どうこうしたいってこと。

 

そんなの意味ないってことがようやくわかった。何ごとも自分なんだよね。こんな当たり前のこと、どうして今ごろ気づくんだろう。

 

でもそういうことかもしれない、それが人生、それが歳をとるってことなのかもしれない。

 

あーあ、ようやくわかった、でもようやくわかった先、これからどうしていったらいいんだろうね。それがわからないから人生、それがわかる時、僕はどうなっているんだろう。

 

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お買い物とは自分の「未来」や「可能性」を買うことなのだ!

 

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なぜか、昔から小さなもの、コンパクトで高性能なものに憧れます。たぶんそういう人って多いと思う。昔からSONYの製品なんかに多いよね、世界最小・最軽量、使いにくいんだけど単純にスゲーなんて思っちゃって、所有することに喜びを感じちゃう。

 

だからなのか、いまでも使ってるPCはノートパソコン、しかもモバイル的なものばかりだ。このSurfaceGOもそうだし、以前使っていたMacBookAirもそう。

 

でもね、僕、別にPC持ち歩いたりしないんです。空港のラウンジや新幹線の中、どこぞのカフェでPC使うなんて、一回もしたことありません。なんか落ち着かないしね、それだったら早く家に帰りたいと思ってしまいます。

 

じゃあ、なんで、モバイルノートなんて必要なのよさ?そうそう、その通りです。きっとですね、僕はただ単に、いつでも、どこでも、何でもできるツールを持つことに憧れてるだけなんだと思います。

 

実際、パソコンやスマホもそうなんです、これがあればなんだってできる、クリエイティブな自分が実現できる、そんな風に思ってしまう、おめでたい奴なのです。

 

でもわかるような気がしませんか、そんな武器があるだけで、優れた自分になってしまうような錯覚。そんな無限の可能性を与えてくれる武器にいつでも僕らは惹かれちゃうわけ。だから、お買い物って楽しいんだよねー、未来の自分、未来の可能性を買うってことなんです。

 

とはいえ、最近思います、こうして雑文を書いてる時でも、なんでこんな小っちゃなPC使ってるんだろうって。やっぱね、キーボードが小さくて使いにくいにですよ。そりゃそうですよね。

 

だからね、もちょっと大きなノートPC、例えばSurfaceのLaptopなんていいんではないだろうか、そんなことを思う私がいるのでした。正真正銘のバカですね。。。でも、なんか楽しんだよね。えへ。

 

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コードレスは正義だ、もう前に進むしかない!

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ダイソンの掃除機を使ってみて思った、やっぱコードレスって正義だよね。

 

これまで掃除機本体を振り回し、電源コードが届かず近くのコンセントに差し替え格闘していたあの日々は何だったのだろう。そんなことを思います。思ったより重いけどね。

 

うーん、もっと早くこれにしておけばよかった。やはり、新しいもの、いいものは良いよね、ドンドン自分の生活、人生に取り入れていくべきだと実感しました。限りある人生だもの、それこそモッタイナイ、そんな自己弁護の日は続きます。

 

思えば、電話機がコードレスになったあの日、スゴイこっちゃなー、エライこっちゃなー、子供ながらそんなことを思いました。なんてったって、自分の部屋で家族を気にせず、友達と会話できるんだから、そりゃ革命的でした。

 

その後も色んなものがコードレスになりました。インターネットだってそうだよね、無線LAN。いまは映画だってYoutubeだって無線LAN経由でテレビで見られる時代です。よく考えるとすごいこっちゃ。

 

最近だと、ワイヤレスのイヤホン、これも結構衝撃的でした。イヤホンからiPhoneに伸びるコード、ぶらぶらしてたあのコードがなくなるだけで、こんなにも開放的になるのか。なんか自由を得たようで清々しい気持ちがした。

 

それでも、まだまだ多くの電化製品にコードは存在してます。その最たるものは電源コード。

 

やはり電化製品も生き物、電気がなくては何もできません、特にドライヤーなど大容量を必要とする電化製品はバッテリーだけで日々使うのは勝手が悪いのでしょう。

 

でも今やクルマだって電動化されちゃう時代、今後ますますコードレスは進むんでしょうね。それに最近はスマホなんかは、充電くらいだったらコードレスで出来ちゃう。

 

何気にこれ革命的だと思います。だって電気ですよ電気、電気の充電自体がコードレスで出来ちゃうって、どういうことなんでしょう?不思議だよなー、不思議不思議。

 

なので、いまさらですが僕もiPhone用にワイヤレス充電器、「Anker PowerWave 10 Pad」を買ってみました。

 

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早速、使ってみるとこれまたガガーンの超便利。寝る前にコードを差し、朝起きてコードを抜く、そんなひと手間二手間がなくなっただけで、超ストレスフリーになるのです。

 

すぐに慣れちゃうんだろうけどね、でも、もう昔には戻れません。こんな些細な幸せを感じられることが幸せなんだよね。

 

いいじゃんね、イノベーションはドンドン享受しちゃったほうが開発者冥利にも尽きるってもんです。僕らもドシドシ楽しんで幸せになっちゃいましょう!

 

「買える買えない」と「買う買わない」

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なんか、前にも言ったんだけど、僕は買うことで満足してしまうところがある。

 

買うことで得た満足感と達成感、買ったものを十分使い倒せないばかりか、もったいなくてなるべく使わなかったりする。アホですよね、ホント。

 

基本、ケチなんです。だから買おうか買うまいか、モッタイナイんじゃないか、贅沢しすぎなんじゃないか、前に買ったものがまだ使えるんじゃないか、そんなことばっかり考えてしまう。いざ買ってみたら、さっきも言った通り、もったいなくてなかなか使えない。。。

 

今年の頭にパソコンをSurfaceGOに買い替えたんだけ、それまで使っていたMacBookAirは2011年に買ったから10年近く使ってたわけ、その時一緒に買ったiPadも今年買い替えたけど、今でもトイレ専用機として使っている。

 

いくら何でも、長持ちさせすぎだよね。それだけ使おうと思えば、使えるくらいに機械の寿命が延びたということなんだろうけど、僕はこんな僕から卒業したいと思います。

 

だって頑張って10年使ったとしたら10歳も歳取っちゃうんだよ、その間、我慢して使えたとしても、我慢して使った期間は単なる無駄ではないのかしらん。それどころか、その間、我慢して使ったものにあわせる僕になっちゃう。新たなインプットも刺激も感激もない。そんなの嫌じゃない。

 

こう思ったのは、去年、大きな病気をしたことも影響していると思う。だってあと2~3年で自分が死んじゃうとしたら、もっといろんな経験したいじゃない。我慢して、倹約して過ごすなんて嫌じゃない。

 

人生100年時代、だから質素に倹約してというのも一つの考え方かもしれない。でも、そんなに長生きできる保証何処にもないんだもん。だからね、分不相応の贅沢をしなければ、それなりに欲しいものは買って、新たなインプットを得るべきなんじゃないか、そんなこと思うようになりました。

 

そりゃー、ローン組んだり、自分が持っているお金以上に高価なものを買う必要なんてサラサラない。そこはわきまえればいいことだもんね。

 

だからね、自分で買える範囲の欲しいもの、買いたいものは積極的に買う。そしてこれが大事なんだけど、買ったものを積極的に使い倒す、そしてそのインプットを吸収して新たな自分になる。こんな生活を送っていきたいと思ういます。

 

それっぽいこと言いましたが、自己弁護かもしれません。自分で自分を正当化したいだけかもしれません、でもいいじゃない、それが幸せならそれでいいんだと思います。そうですよね?

 

ピンポーン!あ、週末限定セールしてたダイソンの掃除機が届いた!わーい。アホです。

 

タダより高い物はない、何ごとも自分の意思が大事!

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テレビのCMを見ていたら、「カー・ドローン」という言葉が出てきた。空飛ぶ車?なんだなんだと思ってよく見たら三菱UFJ銀行のCMだった、「カー・ドローン」じゃなくて「カードローン」。

 

テレビを見ていると、そんなつまらないことに気づいたりして、そもそも何で今テレビ見ているんだろう、そんなことを思う時がある。テレビCMなんて、そんな人向けに流しているんだろうけどね。いつの間にか見ている人の深層心理に働きかけて洗脳されちゃってたりして。

 

テレビをボーっと見てるのってホント無駄だと思う、特に最近よく思う。テレビがついていないと静かすぎてサビシイ、そんな意見もあるだろうけど、まじめにテレビを見てると気づくことがある。

 

つまらない番組だったら見なきゃいいんだけど、問題なのは手抜きしている番組。やたらCMが多かったり、CMから戻ったと思ったら3分くらい前のシーンから始まったり。1時間番組なのに実質30分もないんじゃないの?なんて番組がある。

 

こんな時はどんなに面白い内容であってもチャンネルを変える。もちろん家族には不評だけど、なんかバカにされているような気がしちゃう。

 

お金も払っていないのにそんなこと言うなって?そう、お金を払っていないからこそ、見る番組は真剣に選ばなければいけないと思う。

 

どうでもいい番組、手抜きした番組を見るのって、デメリットの方が多いと思う。知らないうちに毒されちゃう。ニュースだって同じ、番組によっては特定の思想に偏っているものもある。アメリカ大統領選挙だってそうでしたよね。

 

だから放送法や放送免許ってモノがあるんだろうけど、何か有名無実化しているよね。それに伝える側は報道の自由なんてこと言って自分たちを正当化させることばっかりだもの。いつか有料のネット放送にとってかわられちゃう時が来ると思う。

 

そういう意味ではNHKは潔い、DAZNだってスカパーだってWOWOWだってそうだ。見たい番組があればお金を払ってみるべきだ。

 

それで面白くなかったり、お金を払う価値がないとわかれば解約すればいい、それが健全なんだと思う。タダより怖い物はないっていうものね。

 

それにね、テレビつけない日常っていうのもいいもんだと思います。食事する時もそう、いつもよりご飯が美味しく感じられるはず。

 

僕らの日常、その一瞬一瞬は何ごとにも意味はあるんだよね、時間は有限なんだから、大事にしなきゃ、そんな風に思うんだよなー。

 

クルマは変わるけど、クルマに求めるものは変わらない

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何か世の中、変わらないと思ってたこともドンドン変わっていく。何のこと言ってるかというとクルマ、僕の大好きなクルマだ。

 

まあ、新型コロナの影響で壊滅的な打撃を受けたクルマ業界だけど、ここにきて業績は劇的に改善している。まあよく考えてみれば、現在、最も安全な交通手段は自家用車、そうクルマだもんね。買い替えだってあるし、需要は増えこそすれ、人口が大幅に減少するまで激減することはないはずだ。

 

そんなクルマの電動化がドンドン進んでいる。初代プリウスが登場したのが1997年、たしか215万円(21世紀へGOの語呂合わせ)だった。ガソリンと電気自動車のハイブリッドなんて革命的、こんな時代が来るなんてと思ったもんだ。

 

それでも主役はあくまでガソリンエンジン、一部が軽油を使うディーゼルエンジンになったくらいで、電気自動車の時代なんて来るなんて、まだまだ先の未来のことだと思っていた。

 

それがそれが、EVメーカー「テスラ」の時価総額トヨタを超えただとか、ボルボが今後販売する車はすべてハイブリッドかEVにするとか、カリフォルニアでは2035年にガソリン車の販売を全面禁止するとか、時代は一気に電気自動車に舵を切ってるようです。

 

本場ヨーロッパの自動車メーカーも同様です、もっともっとガソリンエンジンにこだわるんだと思っていました、これまで培った技術にブランド力、それに感性みたいなもの、それらを簡単に手放すはずがありませんから。

 

それがそれが、今や最先端を行っているのは、プリウスを発明した日本ではなく、ベンツやBMWに代表されるヨーロッパの自動車メーカー、既にポルシェも電気自動車の「タイカン」を販売してるし、あのフェラーリだって2025年には発売すると公式発表している。

 

なんかねー、会社の強さ、文化ってこういうことなんだと思います。彼らは過去の歴史や栄光に胡坐をかいて殿様商売してるわけじゃないんですよね。誰よりもどこの会社よりも先進的な技術を取り入れ、世界で一番のクルマを作っていこうとしているのでありんした。

 

それに比べて我らが日本の自動車メーカーさんはどうなんでしょ。ハイブリッドで先行したのはいいけど、逆にハイブリッドにこだわりすぎちゃった感じ。

 

うーん、やっぱりクルマの本質って何なのか、そして自分たちはどういうクルマを作るべきなのか、その辺のフィロソフィみたいなものが決定的に欠けているような気がします。このままじゃ中国などの新興ベンダが作る電気自動車と何も変わらなくなっちゃうんじゃなかろうか。

 

やっぱりクルマは趣味性の高いものであり続けてほしい、クルマには性能だけではない何かエモーションなものが必要だと思うんです。それはこれまでのクルマ文化が証明しています。

 

それに気がつくか気がつかないか。日本のメーカーは大きな転換期にいるのかもしれない。やはりどこにオリジナリティを求めるかです、このままじゃクルマではなく自動運転用の乗り物メーカーになってしまうと僕は思います。

 

「fun to drive」こんな素敵なコピーを掲げている日本のメーカーだもの、世界をひっくり返すような底力を見せてほしいもんです、期待してます!

 

マティスの絵が好きだ!

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平日ドライブで、湘南海岸を訪れた話を書きましたが、実は最終目的地は箱根でした。目的地はポーラ美術館、モネとマティスの展覧会をやっているということで、向かったわけでございます。

 

ところがところが、小田原から箱根に向かう道に入ると、どうしたことかの大渋滞、平日ですよ今日は、へ・い・じ・つ。なんでこんなに箱根に向かう人がいっぱいいるのでしょう。後でニュースを見ると、紅葉見物に訪れた人がたくさんいたそうです。いやー、幸せな国だよね日本は。

 

とろとろ走るくらいの渋滞なら少しばかりは我慢もするのですが、ぜんっぜん動きません。諦めてUターンし、元来た道を引き返すことにしました。

 

お昼は道沿いにあったデニーズで一人ハンバーグランチ。やっぱりファミレスも空いてるね、それに気楽でいいわー。それにしても観光地はやたらと小洒落た蕎麦屋が多い、どうしてこうもいっぱいあるのでしょう。

 

しかも何やらこだわり感を醸し出している店の多いこと。蕎麦なんて気楽に食べさせてくれればいいのにね。作る方も食べるほうも、通を気取りたい、こんなお店はそんな感じがしてキライです。

 

偉そうに手打ちだの何だのと言いますが、蕎麦なんか料理の中じゃ至極簡単な部類だと思います。気楽に食べてなんぼの世界、その辺の町中華のおやじの方がよっぽど難しい仕事をしているんじゃないかしら。なんてこと言ったら怒られちゃいますね、人それぞれなんだから勝手でしょう、その通りでございます。

 

でもね、美味しいものもそうだけど、感動するものって理屈じゃないんだよね、その場の雰囲気でもない。やっぱり何か知らないけど、その瞬間、ココロにグサッと来るものがあるかないかなんだと思います。

 

だからねー、ココロにグサッと来るものを求めて、マティスを見たかったんだよなー。なんか一見、下手くそな感じなんだけど、実は構図も色も考えつくされている、だけど至極自然に描かれている、こんなマティスの絵は何かココロに響きます。こういう絵を描ける人が天才なんだろうな、素人ながらそう思います。

 

以前、広島に出張した際に寄った美術館、通常はアメリカの美術館にあるマティスの「音楽」という絵が飾られていた。たまたまだったんだけど、その絵の前に椅子があったもんだからそこに座ってずーっと見続けちゃいましたよ(暇でしょ)。

 

なんか、よくわからないけどね、その正方形のキャンバスに描かれていた絵がえらくココロに刻み込まれたのです。全く説明できないんだけど、こういうのを感動するっていうんでしょうね。

 

こんなことを思い出す他愛もない一日、だけど、こういう一日を幸せというんでしょうね。今日は十分にいろんなものを与えてもらったから、今度は、何かを与えられる自分になりたいな、そんなことを殊勝に思う秋の平日なのでございました。

 

湘南の海がキレイだ! 自然が本来の姿を取り戻している

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先日、久しぶりに休みをとって平日ドライブに出かけた。横浜横須賀道路から逗子を経由して湘南海岸へ。海岸沿いの一本道をボーっとしながらクルマを走らせる時間は至福の瞬間です。

 

せっかくなので窓を全開にしてみる。風が心地いい。海が美しく輝いている。そんな風景をクルマの中という一等席で満喫する、しかも走りながらだから次々と場所を変えて堪能することができる。やっぱクルマってサイコーだよな、そんなこと思います。

 

その時、なんか不思議な感じがしました。あれっ?湘南の海ってこんなにキレイだったっけ?

 

そう、そうなんです。久しぶりに訪れた湘南海岸は以前に比べて明らかにキレイになっていたのです。

 

砂浜もゴミも少ないし全体的にキレイ、それに海の色が緑がかっていて、なんかリゾート地に来たようです。

 

ピンときました。コロナの影響で、この夏は海の家もないし海水浴も禁止されていたはず、花火なんかもできなかったでしょう。それが幸いして、この豊かな自然が本来の姿を取り戻しつつあるのではないかと思います。

 

そういえば、中国やインドなんかでは大気汚染が劇的に改善されたというニュースがありました。ロックダウンやらで経済がストップした結果、自然が本来の姿を取り戻したのです。

 

悪いことばかりでないね、そう、僕らはすぐに一方の面だけを見てしまいがちです。悪いことがあるということは必ず良いこともあるのです。その逆もしかりですけどね。

 

だからねー、何か悪いことが起こっても、それに悲観してばかりではいけないんだと思います。必ず良いことも同時に起こっているはず、そう思いながら前を向いていく、そんなことを思います。

 

それにしても、このコロナ、やっぱり僕ら人類が試されているんだなと思います。ちょっと我慢すれば、こんなにすぐ自然は回復するんだぜ、もっとうまくやれよ、そんなことを教えられている気がします。

 

こんな海を見ながら毎日暮らせたらいいな、僕らの生活は本来どうあるべきなのか、そんなことを考えさせてくれた美しい湘南の海なのでした。