「青い日々」

50歳からの多幸感あふれる、幸せな生活

見えないところの所作にこだわる

僕はひとり時間が好きだから、家の中で勝手気ままに過ごすことが多い。このGWだって全くと言っていいほど出かけていない。それが一番の贅沢だと知っている。

そんなひとり時間で大事にしているのは、人に見られてもいいい立ち振る舞いをするということ。

言ってることが矛盾するようだが、自分にとっては大事なこと。身だしなみもそうだし、部屋の整理整頓もそう、食事の食べ方や椅子への座り方も含め、誰かに見られていることを意識して、自分の所作に気を使う。

決して自意識過剰でもナルシストでもない。前回も書いたが、テキトーにすませると、テキトーな自分になってしまう。ひとりだからと言って、テキトーな行動をとるとそれが普段の自分にも表れてしまう、そう思うからだ。

誰も見てないから、穴の空いた靴下でもいいや、上下別のジャージだけどいいか、食器を洗うのが面倒だから鍋のまま食べればいいね、このケーキ食べにくいから下品だけど手で食べちゃえ、そんな行動はいつの間にか外でも表れる。

いいやそんなことはない、外では上品な自分を演じて見せる、そう思う人も多いだろう。でもそれは演じるであって、素の自分ではない。

そう、所作にこだわるってことは、素の自分にこだわるってことだと思う。見かけだけでいいなら苦労しない、誰が見ても恥ずかしくない自分になることが大事。なにより、自分が見て恥ずかしくない自分になることが大事だと思う。

なかなか難しいけど、こういうことは積み重ねだと思う。だから僕は家の中のひとり時間にこだわる。本を読んだり、マンガを読んだり、テレビを見たり、何をしていても一緒、その時々の所作にこだわる。

いつもの一日を、贅沢な一日にするためには、自分が納得できる一日することが大事。だから、ただ、ぐーたらしてるだけじゃダメなんだよねー。実はこの差は見かけにも表れる。その辺にいるおじさんを観察してみるとすぐにわかりますよー。気をつけなきゃね。