「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

走れ 〜一生懸命であることの美しさ〜

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サッカーアジアカップの日本代表。やはり国と国との真剣勝負の戦いは見ごたえがありましたね。優勝はできませんでしたが、彼らの走る姿は印象的でした。

 

それにしても走る走る走る、ほんと良く走る人たち。戦術とかいろいろな人たちがいろいろなことを言いますが、単純に彼らの走る姿は「美しい」と思いました。

 

あの一生懸命さや、がむしゃらさはかけがえのないものだとも思います。当然本人たちはそんなこと思っていないのでしょうが、こんなにも一生懸命になれるものを見つけ、そこでトップに立っているということは、たいへん幸せなことなんだと思います。

 

なんでもそうですが、一生懸命な人たちは応援したくなります。

 

頑張れ、僕らも応援してるよと伝えることで、その頑張りの一つのエネルギーにしほしい、そんなことを感じ考えます。

 

でも同時にこうも思います、自分はどうなんだ、自分は何に頑張っているのか、自分も頑張れよ、と。

 

そう、自分は何を頑張っているのか、何に対して一生懸命なのか。

 

何も同じように国の代表になれということではありません、自分もみんなに応援してもらえる自分になりなさいよ、ということを強く思います。

 

応援して応援される、切磋琢磨、やはりこれですよね。

 

少しずつでもちょっとしたことでもいいから、何かを変えていける僕らでありたい。 相手が国を代表するスーパースターだって構わない。自分が何を頑張るか、どんなに些細なことでもいいし、全然大したことなくったっていい。

 

一生懸命になることが大事なんだから、あのスーパースターだってきっとそう、ただただ頑張っているだけ。 だから僕らだってどんなにちっぽけなことであっても彼らに応援してもらえる僕になりたいよね。

 

彼らもそう思っているかもしれない、自分の姿を見て自分も頑張ろうと思ってくれている人がいるといいな、その人のためにも頑張ろうってね。それが彼らの力にもなるはずです。

 

応援すること、応援しあうことは大事、その内容はなんだっていい、全部同じ、自分のすることに頑張れる自分になることが大事なんだよね。

 

ホントそう思います。

 

 「僕のさま」

 

  一心不乱に応援する人をみると

  なぜそんなに一生懸命

  他人のことなのに

  そう思う

 

  でもその人にしてみれば

  それがすべて

  それが人生

  なのかもしれない

 

  情熱を持つことは素敵だ

  それがたとえ他人のことであっても

  そんな生き方もある

  人は人に助けられて生きているから

 

  でも僕はできない

  なぜだろう

  空の上から僕が僕を見ている

  それはかっこ悪いと教えてくれる

 

  では何がかっこいいのか

  そうも問いかける

  一心不乱にもならない

  そんな自分はかっこいいのかと

 

  だから僕は空の上の僕に問いかける

  僕を助けてほしいと

  何も考えないでいることもできない僕を

  何もなし得ることができない僕を

 

  僕はどうしたらいいのか

  僕は僕に問いかけるけど

  空の上の僕は悲しそうな顔をしているようで

  笑っていて

 

  黙って頷くだけ

  そんな僕は何を知っているのか

  わからないけど

  僕を見ている僕がいる

 

  それを知ってる僕がいる

  だから今の僕がいる

  だから僕は僕であり続ける

  そんな僕は僕になりたいと

 

  今日も思って生きている