「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

人生は難しい

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僕は飛行機がキライだ、正確に言うと嫌いだった。
狭い空間に閉じ込められているのがとにかく苦手だった。
それなのになぜか歳をとるごとにそんな恐怖心はなくなり、今では何の問題もない。
窓の外から地上を見下ろし、ひとりはしゃいでいるくらい。
こうして人は歳をとると色んなことに鈍感になる。
世の中に適合し、生きる術を得る、人間というのはよくできたものだ。

 

以前、新幹線に乗った時、指定席のその車両はガラガラだった。
一組の若い女性たちのグループがいた。
五人組の女性は学生だろうか、三人掛けの席を向かい合わせにして楽しそうにおしゃべりをしている。
旅行かな、楽しそうでいいな、そんなことを思う。
自分も買い込んだ雑誌とビールでひとりの時間を満喫しよう。
そう思い座席を確認すると、何と自分が指定された席は、その五人組の一角、つまり向かい合わせになった三人掛けの席のひとつだった。
そんなバカな。。。、そう思い呆然としていると彼女たちのひとりが気づいたようだ、こう言った。
「来ちゃったよ」

 

・・・

 

あの時の彼女たちの自分を見る目、まるで何かしでかしてしまったかのような人を見る目、あの目が忘れられない。
僕はさすがにその席に座ることはできず、車掌に状況を伝え、幸い空いていた別の席に移らせてもらうことができた。
それにしても、あの時の彼女たちのリアクション、その時の空気が忘れられない。
いったいぜんたい、僕が何をしたっていうのだろうか。
この記憶は、いくら歳をとって鈍感になった自分であっても忘れることができない。

 

その何年か後、広島からの帰り、同じように新幹線に乗った時のこと。
夏休みの時期で混んでいたため、貯まっていたポイントでグリーン車に乗った。
グリーン車で過ごすひとりの時間は格別だ。
ビールとおつまみを買い込み自分の席に向かう。
二人掛けの席が向かい合わせになっている。
まさか。。。
やはり自分の席は、三人組が座っていたその向かい合わせの席の一つだった。

 

この時は他に空いている席がなく、その席に座らざるを得なかった。
その席は三人の親子連れだった、家族旅行の帰りだったのかもしれない。
その親子は僕に気を使い、席を元に戻してくれた。
それでもそのあと、ぎこちない時間が続いた。
前の席に座る子供が、僕の隣の席に座る父親だろう人物に時折お菓子などを渡している。
子供がチラチラと僕を見る。

 

・・・

 

いったいぜんたい、どういうことか。JRは僕に恨みでもあるのだろうか。
僕が単についていない奴、そういうことなのだろうか。
この時のことも僕の忘れられない記憶の一つだ。
それにしても思う、僕はあの時どう立ち振る舞えばよかったのだろう。

 

自分の席なのだからと、そこに毅然と座り、自分勝手に過ごすべきなのか。
それとも、気を使い自由席に移り、ほかの空いてる席を探すべきだったのか。
いっそのこと、その親子連れと仲良くなり歓談でもすべきだったのか。
まさか、あの五人組の女性たちにもそんな大人の余裕を見せるべきだったのだろうか。
いま考えても、どうすればよかったのかわからない。

 

歳をとると鈍感力が増す。
気になっていたことが気にならなくなる。
それによって、それまでできなかったことが何の苦痛もなくできるようになる。
そんなこともあるだろう。
でもそんな鈍感力は自分が作り出したものではない。
そう、やはり鈍感力などに頼ってはいけないのだ。
自分で考え、自分で行動して対処する、自分の力で自分に訪れた危機は克服すべきなのだ。
いくつになろうが成長しなければならない。

 

こうやって、おじさんは今日も一人悩む。
人生って難しい。