以前、僕は「ド根性ガエル」「ビリージョエル」「岡村靖幸」から成り立っていると書いたことがあります。僕のココロに影響を与え、僕のセンスや価値観の形成に大きな影響を与えたお三方であります。
先日、なぜか弟からド根性ガエルのDVDをもらいました。いくつかの話をピックアップしたやつね。
ということで、久ぶりに見たド根性ガエル、ひろしにぴょん吉、京子ちゃん、五郎にゴリライモ、ヨシコ先生に梅さん、教師生活25年の町田先生は衝撃的でございました。
何が衝撃的かって、今も色あせない、根性根性どこんじょう、男気、やさしさ、せつなさ、それに虚栄や見栄まで、そんなものがちりばめられて、僕のココロを激しく揺さぶってくれたのです。
特に第二話、ぴょん吉の元恋人ぴょん子ちゃんとの再会と別れの話は涙がちょちょぎれました。
平面ガエルとなってしまったぴょん吉、そのもとにかつてのガールフレンドぴょん子ちゃんが現れます。しかし、ぴょん吉はお前の事なんかキライになった、だからどっか行っちまえ、冷たい言葉を浴びせかけ、ぴょん子ちゃんは泣きながら、その場を去っていきます。
しかし、ぴょん吉の本音は別のところにありました。もうフツーのカエルには戻れない、そんな自分にはぴょん子ちゃんを幸せにすることはできない、だから敢えてお前なんかキライだ、そんなことを言ってぴょん子ちゃんとの別れるのでした、彼女の幸せを願って。
ぴょん子ちゃんが去ったあと、物干しざおに干されていた平面ガエルのぴょん吉は大泣きします。それを知らない、ひろしの母は、何で雨も降ってないのにシャツがびしょ濡れなんだろうねー、そんなこと言ってこの話は終わるのでありんした。
このぴょん吉のやさしさ、そして不器用さ、男気みたいなものに感動した、当時の気持ちが蘇った次第でございます。
その頃を思い出し、ぴょん吉に影響された僕は、ぴょん吉のように男気を持ったを立派な大人になれているんだろうか、そんなことを思った次第です。
ぴょん吉に負けない、恥ずかしくない大人にならなきゃいけないんだ、今更ながらではありますが、自分を指さしながら、そんな青い、青いことを思い感じた、ある日の私なんでありんした。