「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

暇つぶしの人生とは 〜誰のものでもない時間〜

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電車の中、スマホいじってる人ばっか。みんな何を見てんだろ、と思い覗き込む。けっこうゲームやってる人が多いんだよなー。老若男女問わずというか、オジサンとかオバサンもけっこうやってる。オッサンがスマホを横にしてゲームしている姿はあまり見栄えのいいもんじゃない。おっさんはおっさんらしく夕刊フジでも見ていてほしいもんだが、そんなおっさんも最近見ない。夕刊フジって大丈夫なんだろうか、いずれにしても大きなお世話。

 

僕らの日常は暇つぶしでできている。人生は暇つぶし、そんなことを言った人もいる。バカにしてるわけでも達観してるわけでも何でもない。むかし五木寛之さんの本を読んでいたら、五木さんが読者に「あんたの本は最高の暇つぶしや」といわれ、その時は嫌な思いをしたけど、後々考えたら最高の誉め言葉ったことがわかったみたいなことが書かれていた。そう、実は暇つぶしこそが僕らの人生なのかもしれない。

 

でもね、僕はこうも思うんです。暇つぶしでいうところの「暇」=自分だけの時間=最高の時間をいうのではないかと。だから、暇つぶしに何をするかは自分だけの特権であって、それを有意義な時間とするか、ただただ過ぎゆく時間とするかは自分次第だと。

 

そう考えると、ゲームをしたりYouTubeを見たりって、そりゃ自分が楽しければそれでいいのかもしれないけど、僕らの時間は有限なわけです。暇な時間は自分だけに与えられた貴重な時間なわけです。それを自分以外の時間(例えば仕事とかね)までの時間つぶしに使うなんて、アンビリーバボーだと思うわけです。暇つぶしは時間つぶしじゃないんだぞと。

 

だから僕らはもっと考えなきゃいけないんだよね。かけがえのない時間、僕だけの時間、僕らは何をすべきか、そしてそれがお多幸な人生につながるんだと思います。僕はね、何をしたいかというと、「気づき感じたい」いろんなことに。知らなかったことや不思議なこと、一つでも二つでも気づき自分のココロで感じたい、そしてそれをアウトプットしたい。それが僕の最高の時間の使い方なんだと思う。

 

おおむかし、荘子さんが夢の中で蝶が飛んでいて目が覚めたとき、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、と思い悩む話があります。胡蝶の夢ってやつですね。自分の人生だと思っていても、気づきがなかったらそれは誰の人生だかわからないってことだと僕は勝手に思っています。

 

以前も言ったことがあるんだけど、僕はI Want Be 暇人、ホントそうなりたいと思ってます。すべてに優先する時間が僕だけの貴重な暇な時間なのです。だからこそ、最高の暇つぶしを送れる人生を送りたいもんです、きっとできるよね、頑張りましょーね!

 

 「知った」

 

 休日の昼間

 窓辺に座り

 ぼーっと外を見ていたら

 何だか気持ちよくて

 そのまま寝てしまい

 目が覚めたら

 目が覚めたのだけど

 僕は眠り続けていて

 あれ

 おかしいな

 そう思ったから

 起きなよ

 起きてよ

 そう言って肩をたたいたら

 その肩は僕の肩ではなくて

 僕は

 どうしてしまったのだろう

 そう思ったら

 僕は眠っていただけで

 それが日常だったから

 僕が起きていると思ったのは

 僕が眠っていたからで

 それが僕であることを

 窓辺に座る僕を見ながら

 空の上から見ていた僕は

 初めて知って

 初めて気づいた