「青い日々」

50歳からの多幸感あふれる、幸せな生活

要領がいいとか悪いとか、それより僕と踊りませんか?

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自分で言うのもなんですが、僕はけっこう要領のいい人間だと思います。何ごとも要領よく、如才なく対応して生きてきたように思います。

 

でもね、要領がいいって何だろう、要領がいいって良いことなんだろうか、そんなことを最近思います。

 

なんかね、困難なことや面倒くさいことから、単に逃げてきただけなんじゃないか、だから本当はそこで養い培われるはずだった力を得ることができなかったんじゃないか。

 

要は楽してきたんじゃないか、ズルしてきたんじゃないか、そんなことを思います。

 

それに僕が楽した分、誰かに苦労を押し付けていたんではないか、そんなことも感じてしまいます。

 

何で今ごろそんなこと思うんだろう、そう思って考えてみると、僕自身が、これからどこに向かおうとしているかがわからなくなってるからなんですね。

 

がむしゃらに働いてきた、といえば聞こえはいいけど、なんとなくタダタダ毎日を過ごしてきた、そんな気がするのです。

 

だから本来は、何ごとかを成し遂げ、一家言を持ちながら、その道のスペシャリストとして、これから生きていく道を、確固たるやるべき何かを持てなければいけない、それなのにそうなっていない、そうなるための道を避けて楽して生きてきたんじゃないか、そんなことを思うんです。

 

でもねー、同時に思います、これって自惚れなんだろうねって。

 

人生は暇つぶし、そんなことを言った人がいます。人は生きていること自体がお役目なんだと、だから、あとはもう単なる暇つぶし、本を読んだり、映画を見たり、誰かを好きになったり、仕事をしたり、さぼったり、すべて暇つぶしなんだと。それが自然の摂理だと。

 

だからね、何かを成し遂げる、成し遂げないといけない、なんていうのは単なる思い上がりであって、僕らはすでに成し遂げてる、そういうことなんじゃないか、そんなことも思います。

 

要領がいいとか、不器用とか、何がいいとか悪いとか、何をしなきゃいけないとか、そんなこと関係なくて、どうでもいいことであって、自分がすべきと思うこと、したいこと、気負わずしていけばいいんじゃないか、そんなふうに思います。

 

これって逃げなのかな?でもまあいいでしょ、長いようで短い人生、何かを成し遂げなきゃなんて思っていても、それが正解かどうかなんてわからない。

 

だから探し続けりゃいいんだと思います。陽水さんも言ってたもんね、探し物は何ですか、見つけにくいものですか、それより僕と踊りませんか、ってね!

 

 

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