「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

幸せは必ずやってくる 〜合言葉はハービバノンノン〜

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ふー、お風呂ってなんでこんなに気持ちいいんだろう。寒い日にたっぷりのお湯に浸かる、至福の瞬間、家のお風呂もサイコーだし、温泉や銭湯だってサイコーだ。それに子供と一緒に入るのって、何か気持ちいいよね、髪の毛や体をを洗ってあげたり、カエルのおもちゃで遊んだり、時には湯船でみかんなんか食べちゃったりしてね。こういうのお多幸な瞬間っていうんだろうね。

 

普段は気がつかないんだけど、こういうお多幸の瞬間に僕らは囲まれて生きている。何気なくいつものようにご飯を食べている時、みんなと一緒にテレビを見て大笑いしている時、今度の週末はどこに行こうかなんて話している時、いつもの日常、いつもの瞬間、実はかけがえのない瞬間だなんて気がつかないで過ごしている。

 

こんなお多幸な瞬間に気がつく時、それは不幸な時かもしれない。なんかうまくいかないことが続いたり、何かに打ちのめされたり、ココロが風邪をひいいた時、今まで気がつかなかったお多幸な時間に気づく。気づいた時、そんな時間はもう帰ってこないことを知ったりする。正直、こういうことはよくあること、寂しくて、悲しくて、生きるのが嫌になったりする。

 

でもこういうことは誰にでもある、みんなが経験していること。だからそんな時はどうするか、そう、これからのことを考える。これから何をしようか、どんなことをしてやろうか、これからやってくるお多幸な瞬間に思いを馳せる。それでこそ、お多幸な時間を自分のものにできる。

 

そしてこうも思う、かつてのお多幸な瞬間は、誰かが僕に与えてくれたものではないかと。その誰かとは親や恋人や友人、いつも近くにいいるから気がつかない大切な人、そんな人に支えられて僕らは生きている。だから、今度は僕の番。みんなにしてもらったことを僕がする番。親に対して、恋人に対して、友人に対して、そして自分の子供に対して。それが生きる、生かされるということ。

 

お多幸な時間をたくさんもらった人は、これからもたくさんのお多幸な時間を作れるはず、そういう決まりなんだ。そしてそれが僕らの責任なんだと思う。僕らの未来は僕らのもの、お多幸な未来は僕らが作るもの、必ずやってくる未来、ワクワク感しかないよね。

 

ふー、お風呂に浸かってたら、なぜだかそんなことを考えちゃった。気持ちの良い至福な瞬間、そしてこれからやってくる至福な時間に顔がにやけちゃう。そしてカラダがふやけちゃう、長湯するとのぼせちゃうよね。だからこんな歌を口ずさむ。「ババンバ、バンバンバン」、心の底から楽しくなる、サイコーの歌だよね。

 

湯気が天井から僕の頬にぽたりと垂れる。そんな天井を見てつぶやいてみる、「ハービバノンノン」。この言葉、もしかしたら幸せのおまじないかもしれない。きっとそうだ、そんなこと思って湯船に潜る、ブクブクブク、プハーッ、さあ、みんなで大きな声でいってみよう、「ハービバノンノ」、きっと幸せになれる、そんなおまじない。僕らは幸せだ!

 

 

 「折り紙」

 

 机の上に

 折り紙があったから

 

 なにか折ってみよう

 そんなふうに思って

 

 手にとったけど

 鶴しかできなくて

 

 手から離してみても

 飛ぶわけではなかったから

 

 今度は飛行機を折って

 勢いよく飛ばしてみたら

 

 まっすぐ床に落ちてしまったから

 折り紙を無駄つがいしてしまったな

 

 そんなふうに思ったけど

 僕が折った飛行機はカッコよかったから

 

 もう一度折り目を正して

 少し角度を調整して

 

 上に向かって手を離したら

 さっきよりはうまく飛んでくれて

 

 僕は嬉しくなって

 誰か僕も折り直してくれないかな

 

 そんなことを思った