「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

台風とマスコミ 〜伝えられるものと伝えられないもの〜

f:id:Blue-J:20191016181951j:plain



また台風がやってきて関東・東北に甚大な被害をもたらした。まさか新幹線が水に浸かっちゃうなんて。。。今回の19号も凄かったけど、その前に来た15号も凄い台風だった、風が強く、これも関東を直撃、うちの近所でも樹齢数十年の大木がなぎ倒されるなど、大きな被害があった。それでも千葉の被害に比べればマシな方だ。

 

台風15号が通り過ぎたあの日、千葉があんな事になっているなんて全然知らなかった。いや知らされなかった、そのことに対してなんでだろうとずっと不思議に思っていた。昨年、広島や岡山に甚大な被害をもたらした西日本豪雨や、今回の19号はその被害状況が逐次報道されているけど、あの時の千葉はそうではなかった。

 

理由のひとつは千葉の南方は関東であって関東でないというと怒られそうだが、そういうことなんだと思う。この人口の集中している大関東圏において千葉の南方は近くて遠い場所なんだ。関東に置いては中国地方や九州地方以上に地方な存在なんじゃないだろうか。

 

広島や岡山では地元のキー局が取材に入るが、千葉にはそのような地元キー局がない。あるにはあるだろうけど、近くにメジャーマスコミがあることから他県に比べて相当規模が小さい、だから地元マスコミではなくメジャーマスコミが取材しないと報道されないのが実態。

 

じゃあ、メジャーマスコミは現地に入っていち早く取材をしていたかというと、最初は全然だったんじゃないかな。でもこれっておかしいよね、メジャーマスコミにはたくさんのスタッフが存在しているはず。実際、今回の19号では色んな局のアナウンサーが現地入りして報道している、15号の時は取材に行けなかったのではなく、行かなかったのじゃないのかと思っちゃう。当初、こんな大災害だなんて気づいていなかったんじゃないだろうか。

 

実は気づかなかった、気づけなかった、気づこうとしなかったんじゃないだろうか。だって大変だし、内閣改造のニュースを報道している方が楽だもん。この間読んだ本に、一時期、築地市場の移転問題と大相撲の不祥事ばかりが報道されていたが、それはマスコミ各社から近かったから、それだけの理由だと書いてあった。まさかのそんなことはないだろうが、今回の状況を見てあながち間違っていないのかもしれないと思ってしまう。

 

なんか最近、働き方改革とかテレワークとか、楽しようと思えば幾らでも楽できるような職場環境が増えているような気がする。でもせっかくなんだから、そのような機会をチャンスと捉えて生産性改革に取り組まなきゃいけないんだけど、なんか、こう、楽な方へ楽な方へ流れている。僕らはもっと仕事のアウトプットにこだわらなきゃいけないというのにそれができていない。マスコミも同様なんじゃないだろうか。

 

15号が通り過ぎた数日後、あるマスコミが初動の遅れた自治体の対応を非難していた、自分たちのことを差し置いてそんなこと言う資格ないんじゃないかって思っちゃった。今回の19号の報道だって、15号の時に取材に行かなかったことをマスコミ自体が自覚してるから、当初から迅速に報道してるんじゃないのかな。15号の時は、停電がなかなか解消しないからおかしいと、あとから気づいたんじゃないだろうか。そういった事実もぜひ客観的に報道してほしいと思うんだよね。

 

やっぱりマスコミが言ってること/言っていないこと、伝えること/伝えないことをきちんと自分で判断しないといけないと思う。こんな状態だと、本当にマスコミの役割が低下していっちゃう、僕はネットの情報は不十分だし危険だと思ってるし、メジャーマスコミだからこそ色んな大変革ができると思ってる、その余地が沢山たくさんたくさんあると思ってる。是非とも底力を見せつけてほしいと期待しています。

 

僕らもただ見ているだけ、聞いているだけじゃなくて、自分で判断して自分で自分の行動につなげることが大事なんだと思います、だから僕らもマスコミに負けないよう、自分の行動に責任持って取り組まなきゃいけない。

 

いつもの日は、いつもの日ではいてくれない、だから僕らも変わらなきゃいけない、いつもの日を自らが変えていかなきゃいけない。そのことを肝に銘じて僕らは生きていかなきゃいけないんだと実感した次第です。

 

 

 「草餅」

 

 台風一過

 

 道には

 折れた木の枝や

 道を覆い尽くす葉っぱ

 まだ緑色のどんぐり

 

 大木が

 根本から倒れている

 何十年も

 ここにいたはず

 

 そんな場所に

 緑の空気

 充満していて

 血の香り

 

 きっと彼らの

 新鮮で

 生を終える

 緑の香り

 

 それは

 草餅に似ていて

 僕らの

 からだに充満する

 

 生と死

 僕らは生きて

 死んでいく

 そして続いていく