「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

襟裳岬で聞いた襟裳岬(by森進一さん)は最高だった



北海道に1年半、単身赴任していたことがある。

 

行きたくて行ったわけではない。

簡単に言えばそりが合わない上司に飛ばされただけだ。

 

飛ばされたなんて言うと、北海道の人には失礼極まりない。

でも、縁もゆかりもない土地に異動することになった人は誰しもこう思う。

 

とはいえ、北海道は素晴らしい場所だった。

もっと若いうち、子供が小さいころに住んでみたかった。

 

自由を感じさせる、経験したことのない自然。

何よりそこで暮らしている人たちが自然で、あくせくしていない。

 

なんか素の自分でいられる、いていいと言われているような気がした。

でも、だからかもしれない、僕はとても寂しかった。

 

何をするのも一人だったから。僕は人とつるむのが苦手。

楽しそうに暮らす人たちを見て僕はいっそう孤独を感じていた。

 

そんな僕は毎週末、クルマでドライブに出かけた。

一人ドライブで見たことも無い景色に触れる時間は格別だった。

 

襟裳岬までクルマで行った、海岸線をひた走る。

ラジオから森進一さんの襟裳岬が流れてきた。

 

これまで襟裳岬が流れてきても何も感じたことはない。

ああ、昔のヒット曲、演歌だよな、そんな感じ。

 

それなのに、この曲の旋律が、歌詞が、僕の体にしみわたった。

なんだろうこの気持ちは、不思議に思った。

 

「北の街ではもう 悲しみを暖炉で
 燃やしはじめてるらしい
 理由(わけ)のわからないことで 悩んでいるうちに
 老いぼれてしまうから 黙りとおした歳月(としつき)
 拾い集めて 暖めあおう
 襟裳の春は 何もない春です」

 

表現するということは、人の琴線、潜在意識に触れること。

こんなことを作詞家の、松本隆さんが言っていた。

 

僕にはこの曲を受け入れる経験も知恵も感受性もなかったのだろう。

この曲の舞台を訪れたことで、それを得た。

 

もちろん、その土地がそう感じさせただけではない。

その時、その場にいる僕自身の境遇がそう感じさせたのだと思う。

 

僕はまだまだ知らないことだらけだ。

知ることは楽しい、襟裳岬で聞いた襟裳岬は最高だった。

 

色々な土地で色々な人が色々な生き方をしている。

それを知りながら、自分を知る。

 

やっぱり僕らは旅をし続けなければいけないんだ。

そんなことを思う。