「青い日々」

50歳からの多幸感あふれる、幸せな生活

歳の取り方って大切


テレビで久しぶりに見る懐かしの芸能人、老けたなー、そんなこと思う時がよくある。

最近は自分の身近でも多い。久しぶりに会った仕事の関係者、老けたなー、そう思う機会が増えた。髪が白くなるのはまだいいのだが、一番思うのは肌、顔につやがなくなっている姿が最も老化を感じさせる。

だいたい顔の輪郭にシャープさがなくなっている、それに加えてシミがあったり、浅黒かったり。やっぱり老化は肌から来るんだね、男性は手入れもあまりしないもの当然の報いか。

きっと僕もそう思われているに違いない。アイツ老けたなー、おじいちゃんみたいだな、なんてね。そう考えるといつまでもジーンズに白T、その上に上着とか若ぶった格好ばかりしていられないのかもしれない。巷によくいる、痛いファッションのおやじにだけは絶対になりたくない。

以前、日サロに行こうかと本気で思ったことがある。こんど勇気を出して行ってみようか。いろいろな妄想が頭に浮かぶ。

でもふと思う、年取っても魅力的なおじさんもいる。こういうおじさんも、たまに会うと老けたなーとなるのだろうか。なんか違う気がする。

それに肌つやの劣化は気になるが、逆にしわはあまり気にならない、それは歳相応に刻み込まれた年輪、笑い顔がチャーミングになったりと悪いことばかりではない、大人の余裕を感じさせる人も多い。

そう考えると、見かけで老けたなー、歳取ったなーと感じさせるのは、肌つやだけでなく別の要素が大きいのではないだろうか。たとえば、生気みたいなもん。大げさに言えばその人の生き方が顔に出るのだ。

生活や仕事への充実感や達成感、情熱を持ち続けているものがあるか、何か欲しているものがあるか、かこだわっているものがあるか、そんなことが自分自身への納得感や自信となって表情や仕草に現れるのではないだろうか。

そういったものが無い人は、カラダの衰えだけでなく、ココロの衰えが見かけに出る、そういうことではないかと思う。

歳をとるって、時間の経過とともに誰にでも共通でやってくるものと思っていたが、実は違うのかもしれない。きっと人によってスピードや進み方が違うのだ。そんな大事なことに気がついた。単に歳をとるのではない、いい歳の取り方をすることが大事なんだと思う。