「青い日々」

50歳からの多幸感あふれる、幸せな生活

終わりよければ


やっぱり終わりって大事だよな。
GWに買いだめておいたマンガを一気読みしてそう思った。

どんなに内容やストーリーが面白くても、最後に納得できる終わり方をしてもらわないとモヤモヤ感が残る。なんかしっくりこないというか、消化不良感が漂い、結果としてそのマンガの印象も悪くなる。そんな気がする(勝手なこと言ってます)。

そう思うと、自分自身はどうなのか、そんな思いも湧き出てきた。30年以上のロングランを開催してきたサラリーマン生活がもうすぐ終わるのだ。この終わり方、終わらせ方によっては、これまでの取り組みが、納得できないものになってしまうのではないか。なにより、これからの第二の人生に悪影響を及ぼすのではないか、そんなことを感じてしまった。

でもサラリーマン生活の終わらせ方、ハッピーエンドって何なのだろう。出世して偉くなることだろうか、でも定年を迎えて会社から離れればただの人だしな。「課長 島耕作」だって、社長・会長にまでなったけど、引退した後はどこかの社外取締役になったり、会社員時代よりは寂しい感じだ。なにより、成功したサラリーマン生活を引きずっているように感じる。マンガの内容がそうというより、これは引退したサラリーマンの悲哀ではないかと思ってしまった。

そんなこと思って島耕作さんの現在を検索してみると、なんと佐賀県の副知事になっているようだ。やっぱ、出世が価値観、それがサラリーマンのサガなのか、そんな感じがしないでもない(あくまでフィクションですけどね)。

でもよく考えてみると、マンガはエンターテイメントだから、ステキな終わり方を求めるけど、実生活はどうなのだろう。

これまでだって所属した組織を離れることはあった、小学校、中学校、大学、それに塾や部活に習い事、組織じゃないけど付き合っていた子との別れもそうかもしれない。いずれも、自分が納得できるようなハッピーエンドだったかというとそんなことはない。単に時間が来たから終わっただけのことが多い。そう、卒業ってやつだ。

そう考えると、サラリーマン生活の終わりと言ったって、単なる会社組織からの卒業でしかない。時間がきただけのこと。となると、大事なのは次だ、次に何をするか。

会社生活は学校生活と一緒、楽しかったな、面白かったな、でも辛いこともあったな、それでいいんじゃないかと思う。特別な感情など持たずに淡々と卒業する、それでよいような気がする。

そして、新しい道に進む、新たな出会いを求めドキドキする。次に向かうのは新たな組織でないことだけは確かだ。だから、どちらかというと恋愛に似ているかもしれない。

そう思うと僕は単純だから楽しくて仕方が無くなる。ハッピーエンドを求めるのではなくて、ハッピースタートを切るのだ。終わりじゃない、それに気づくことが大事なんだと思います。