「青い日々」

50歳からの多幸感あふれる、幸せな生活

総合職と専門職、いつまで仕事なのか


50代を迎え、会社生活も終わりが見えてきた。
定年になったらどうするか、いくつか本を読んでみた。よく書かれているのは、自分の強みを生かし会社にとらわれない生き方をすべき、みたいな話。

自分の強みねー。僕は入社してこの方、営業・企画的な仕事をしてきた、いわゆる総合職だ。ジェネラリストと言えば聞こえはいいが、組織あっての自分、組織あっての役割、マネジメントなんかもそのひとつ。

定年を迎えるということは組織からスピンアウトするということ。今まで組織を動かすことを仕事にしていた自分が、その組織がなくなって何ができるというのか?一体全体、自分の強みってなんなのか??大学を卒業したばっかの新人みたいなことをいまさら思う。

それに比べ、エンジニアなどの専門職はわかりやすい、そりゃそうだ30年以上も培ってきた自分の技術がある、それを武器に転職もできるだろうし、場合によっては個人で仕事を続けることができるかもしれない。

先日、定期検診を受けに病院に行くと、担当の先生が65歳になったと聞かされた。要は定年なのだが、病院側から仕事を続けてくれと言われ、嘱託職員として働くことにしたという。やはり手に職か。。。

営業などの総合職でやってきた人間は、50代も後半を迎えると子会社に移ったり、関係会社に移ったり、今までより小ぶりの組織で仕事を続けることが多い。その場合、移った先から求められるのは元いた会社との関係性、簡単に言えば発注だ。だからそんな人たちは元いた会社の後輩のところにやってきて、へーへ―したりする。そんな世渡り人生。

まあ、そういうのが得意な人もいるし、何の苦にもしない人もいる。移った先で今まで以上に活き活き仕事をしている人だっている。人それぞれってことだ。

こんなことなら僕ももっと専門性を培う仕事をしておけばよかった、そう思っても時すでに遅し、なんてたって定年なのだから。

いずれにしても今の世の中、専門性が求めらていることは間違いない。何ごとも一芸に秀でていないとつぶしが効かないということだ。何んでも卒なくこなせることが売りの時代は終わってしまった。

でも改めて考えると、定年後の生き方が、今までと同じように仕事を基準に語られること自体がおかしいとハタと気づく。総合職だろうが専門職だろうが関係なくて、これまでの仕事優先の生き方からおさらばしてこその第二の人生だと思う。

そう考えたら少しココロが軽くなる。自分で自分を励ましてあげるのは大事だ。
今までの延長線で物事を考えていたら、何も変わらないし変えられない。変えたくない人はそれでいいかもしれないが、僕は変わりたいと思う。

そのために必要なことは、仕事優先から自分優先に切り替えることだ。それができないと何も変わらないだろう。今までできなかったこと、してこなかったこと、そんなことに取り組める時がやって来るのだ、楽しいに決まってる、そう考える。

一番大事なのは、したくないことをしないこと。そんなわがままができるのが、第二の人生だ。そう考えると楽しみしかない、早く定年やってこないかなー。

だから、それまでもうちょっとだけ頑張ることにしようっと。