「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

会社も自分も同じ、考えることを放棄しちゃいけない



最近は会社に行くのもすっかり私服。

 

三年くらい前、今時の施策としてオフィスカジュアルが導入された。

若い子は嬉しそうにおしゃれ、オッサンは変わらずスーツ。

しばらくはそんな感じ。

 

それでも時折、私服でやって来るオッサンの痛い姿が印象に残っている。

どこでその服売ってるの?そんな感じ。役員からしてそんな感じだ。

 

僕はというと、この際だからとキレイ目なジャケパン私服を買い込んだ。

なんかいい感じ、自分が違う自分になったようで気持ちがいい。

(簡単な自分)

 

なんといってもスーツと比べて動きやすいし、仕事していて楽ちん。

夏はポロシャツで涼しいし、冬はセーターで暖かい。

そもそも、夏も冬もスーツっておかしくない?

そんなことに今さら気づく。

 

こんなだから、ここ三年スーツを着ていない。

客先行くのもジャケパン、最近は来客があっても上着すら着ないこともある。

 

だからといって、非常識、なんて怒られることも無い。

言わないだけでそう思われている、なんてこともない(と思う)。

だって、相手に不快感を与えるような恰好をしているわけではないのだもの。

 

たぶん僕らが思っている以上に、相手は僕らに関心がない。

関心があるのは自分のことだけだ。

スーツ着てちゃんとしている自分が大事なだけ、安心できるだけ。

 

スーツを着なくなってわかったことがある。

オシャレって難しい、そんな自然の摂理を今ごろ知った。

 

普段着だったら、それこそスエットでも短パンでもいい。

もちろん仕事だもの、そういうわけにはいかない。

 

相手に不快感を与えない、社会人として常識ある私服。

意外とこれが難しい。

 

スーツであれば何も考えなくていい。

10万のものでも1万のものでもスーツはスーツ。

どちらを選ぶかは着る人の価値観の問題。

 

でも、これって創造力の放棄だと思う。

スーツ着てれば、あとはなんだっていい、簡単すぎる。

だから日本企業が生み出す製品にはセンスがない。

 

性能は良くても価格は安くても、マーケティングが優れていても。。。

センスがない。

これって致命的だと思う。

 

最初はオフィスカジュアルなんて、若い子に媚びた施策だと思った。

でも違う、センスを育むための施策だと思った。

これから企業が生き延びていくためには、生み出す製品たサービスにセンスが必要となる。

 

なにもこれは会社のため、仕事のためばかりではない。

自分のためだと思う。

 

センスある自分でいるための修行。

何ごとも楽しちゃいけないってこと。

 

楽(らく)しないで楽(たの)しんで頑張ろう。