「青い日々」

50歳からの多幸感あふれる、幸せな生活

隣の芝生は

f:id:Blue-J:20210921203431p:plain



どうにも頭がモヤッとしている。

 


これもあのワクチンのせい、いやコロナのせいだ。
ワクチンを打ってからというもの、しばらくの間、何もする気が起きなかった。
考え事をしようという気がしない。
仕事も頭に入ってこない、こんな雑文ですら書く気にならない。

 


正直、ワクチンを打って後悔した。
こんなに副反応が強いのだもの、カラダにいいはずがない。あれは毒に違いない(製薬会社の方、申し訳ありません)。
三回目のワクチンを打つ日が来るのかもしれないが、どうしたものか。
もう打ちたくないというのが偽らざるココロ、だってつらいのだもの。
巷に出回るワクチンのデマを信じる気はさらさらないが、本当に安全なものなのかは疑問に思ってしまう。

 


それにしてもこのワクチン、打った人はみんな、こんな状況になっているのだろうか。
それとも、大人だから泣き言など言わずに我慢できているのだろうか、不思議だ。

 


二年前に手術した時、麻酔が切れるとお腹の傷が痛くて痛くてしようがない、先生に泣きごとを言い続けた。すると先生は、男の人は痛みに弱いのかなあ、そんなことを言った。
こんなに痛いのに僕の我慢が足りない?大人はもっと我慢しなくてはいけないのだろうか、もしかしたら女性は出産も経験しているから、こんな痛み位で泣き言は言わないのだろうか?色んなことを考えてしまったが、痛いものはしょうがない。
麻酔を追加してもらい、何とか落ち着いたのだが、ひどく自分が情けなく感じた。
実際、僕の耐性は人より低いのかもしれないと思う。

 


そんなこんなで迎えた三連休、どこにもいかずに家で待ったり過ごした。
幸せな時間。
テレビをつけると大谷選手の試合が中継されている。

 


アメリカの球場はキレイだなー、いつもそんなことを思う。
何がキレイかって、球場の芝生が美しい。
だからなのか、そのフィールドでプレイしている選手も楽しそう。おのずと、そのプレイを応援するファンも楽しそう。

 


そうなんだよな、日本のプロ野球を見ていても何か特別感がない。
なんといっても人工芝だ、あの薄汚れた感じが特別感をスポイルしている。
なんだか体育館に引かれたマットの様だ、興行的な仕事感を感じさせてしまう。

 


メジャーリーグが面白いのは芝生の上でプレイしているからだと思う。
球場が素晴らしいから、特別な場所だから、選手も観客もみんなが楽しめる。
大勢の観客がビール片手におもいおもいの応援をしている。
僕の好きなサッカーもそうだ、あの天然芝の美しさと匂い、あれが人工芝だったらとたんに魅力は半減してしまうだろう。

 


テレビに映る観客にマスクをしている人はいない、みんなワクチンを接種済みなのだろう。
既に普段の日常を取り戻しているように見える。

 


考えて見れば今年はJリーグの試合を一試合も見に行っていない。
ワクチンを打つことによって、また、ビールを飲みながらサッカーを見ることができる日がやってくるのかもしれない。

 


うーん、何とも複雑な気分だ。
極めて人工的なワクチンを打って、天然芝の上でプレイする選手たちを応援する、あのスタジアムの特別な瞬間、日常を取り返す。

 


そんな時代なのかな。
隣の芝生は良く見える、よく言ったものだ。

 


それでも僕らは人工的なものに頼らず、自分の免疫を高めていかなければならないと思う。神経質に手指を消毒ばかりしていてもいいものか、かえって自分の免疫力を低下させてしまうのではないだろうか。実際、清潔にしすぎることで子供の耐性が低くなっていると危惧する声もあるらしい。

 


こんな時代、なにが正解かなんて誰にも分らない。
でも自然を大事にすること、一緒に暮らすこと、共生すること、そうやって生きてきたということを忘れてはならないのだろうな、そんなことを思う。