「青い日々」

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賢いってどういうこと?「理解力」と「判断力」、そして「何のため」が大事

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賢い人って憧れるよねー、テレビなんか見ていても歯切れよく質問に答えて、自分の意思をバシッと示し、しかもちょっと笑いも入れてしゃべったり、そんな人を見ると感嘆します。

 

でも、本来の「賢い」ってのはどういうことなんでしょう?

 

賢いとは、「理解力」「判断力」に優れる人のことを言うのではないかと思います。そしてこれが大事なんだけど、その上で、「何のために」これが明確な人が賢い人ではないかと思います。

 

何のために、それは人それそれです。事業拡大のため、世のため人のため、自分の出世のためなどなど。

 

この「何のため」というのが、その人を表す「センス」ということになるんだろうと思います。だから、このセンスによって、その人の生き方が変わります、その人の人生を司るんだと思います。

 

だから、賢くても、その「何のため」が、自分の私利私欲のためだけだったり、自分だけがよければみたいなものであると、その賢さが正しく活かされないというか、表現されないんですね。

 

ズルいとか、こざかしいとか、そういう賢さになってしまうんです。出世を目標にしている人なんか、こういうタイプが多いです。だから、世のサラリーマンは全般的に「センス」がイマイチということになるんですね。

 

逆に「センス」はあるのに「賢さ」がない、足りない、これはこれで悲しい。でも、世の多くの人は、こちらのタイプではないかと思います。「何のため」はわかっていても、それを実現、実行する「理解力」「判断力」が足りていない。

 

かくいう僕もセンスがあるとまでは言えないけど、そっちのタイプだと思います。悲しいね。

 

だけどね、やっぱり大切なのは「センス」なんではないかと思います。それに「賢さ」は補う方法もある、そんなことも最近思うようになりました。

 

例えば、「理解力」「判断力」が乏しくて、即答できないんであれば、事前に調べたり考えたり、場合によっては賢い誰かに助言を求めたり、そしてうまく言葉として表現できないのであれば、ペーパーでのやり取りを基本にするとか、いくらでも考えようがあるんではないかと思うようになったんです。

 

だから、そういう意味では「努力」が必要なんですね。天才なんかいない、何ごとも成功するためには「努力」が必要というのは、そういうことなんですね。

 

でもね、「センス」は努力だけでは育まれないと思います、「価値観」ね。でも、これは千差万別、人によって生き方も考え方も様々だからしょうがないことです。様々だから、自分自身も存在するんだもんね。

 

だから僕らに必要なのは、もっと自分自身の「センス」に自信を持つことだと思います。結局は自分次第ということなんですよね。もっと自分を信じて、もっと賢くなれるよう努力する、そういうことだと思います。頑張りましょー!

 

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