「青い日々」

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マスクに思う ~マスクをしない自由とは何なのか~

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なんか、欧米でものすごい勢いでコロナの感染者が増えていますね、これってやっぱり人種の違いなんでしょうか?そもそもの発生地である中国でも合計の感染者は8万人くらい、それなのにアメリカでは1日の感染者が12万人を突破って。。。ホント、特定の人種をターゲットにしたバイオテロなんではないかと思っちゃいます。

 

そんなパンデミックの状況でありながら、欧米の人たちはマスクを着けたがらないようです。それどころか、マスクをしない権利を求めてデモまで行われちゃうくらい。

 

うーん、お国柄と言っては何ですが、パンデミック状態のこの状況において、この主張を貫き通すことにどれだけの意味と科学的根拠があるのかしらと思ってしまいます。

 

でもね、今回のコロナである程度、統制された社会が認められつつあるのは事実です。中国みたいな監視社会まではいかなくても、疫病を抑え込むためにはある程度、個人のプライバシーが侵害されるのもやむなし、そんな風潮があります。日本だってデジタル庁とか、それっぽいこと言いながら、これを機にマイナンバーで個人を管理みたいな施策がドンドン出てきています。

 

そう考えると、欧米の人たちは歴史的に知っているのかもしれません。マスクをしない権利、これを奪われると、次に権力者は必ず「自由」を奪ってくるということを。

 

だから必死に統制されることを拒むのではないでしょうか。それがマスクみたいな些細なことであっても、それだけでは済まないことを知っているのではないでしょうか。

 

日本みたいに疫病を防ぐため、他人に迷惑をかけないために皆で一致団結してマスクをするのがいいのか、それともあくまで疫病対策であっても個人の権利を守ることに拘るべきなのか、これは先にも言った通りお国柄、暴君に支配されたり他国に侵略されたりした、過去の歴史からくるものなのかもしれません。

 

そんなこと思うと、僕らが考えるべきは、やっぱり相手が何を考えているのかを知る、考える、感じるということなんではないかと思います。一概に自分の考えだけを物事の基準にしてはいけないということです。

 

やっぱ、今回のコロナは人間としての生き方、いや存在を試されているんだと思います。この地球上でこのまま人間が存在していけるのか、協力し合いながら、分かち合いながら暮らしていけるのか、きっとそんなことを試されているんではないかと思います。