「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

当たり前ってなんだ ~戦争を知らない大人たち~

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「これは戦争だ」、各国の首脳がそんな言葉を口にしています。新型コロナウイルスとの戦い、それを戦争状態と位置づけ、危機感を持って国民にに語り掛け、団結を求め、ともに立ち向かう必要性を説いています。

 

安倍総理大臣もこれは第三次世界大戦だと言われておりました。コロナウイルスとの戦争、それはそうかもしれません。でも賢明な各国の首脳たちは違う意味で使っているのではないかと思います。

 

民主主義、これまでの自由の定義が変わる可能性、それを戦争になぞらえて使っているのではないでしょうか。もっと具体的に言うと、この危機を乗り超えた後に繁栄するのはどこの国なのか、たぶん中国を念頭にその覇権争いに勝つための戦争だと認識しているのではないかと思います。日本の政治家たちもそのような危機感をもっているのか心配です。

 

先の世界大戦のあと、繁栄したのは軍事大国でありながら経済大国であるアメリカでした。まさに世界を制したと言えるでしょう、それがいまゲームチェンジの時を迎えようとしています。もしかしたら、このゲームチェンジの機会を中国は自ら仕掛けたのかもしれません。そんな疑いをアメリカも持っているのでしょう。なんか、アジア人に比べて欧米人の感染率、致死率がひときわ高いのはなぜなんだろう、単純に不思議に思います。

 

それにしても、このようなパンデミックに未知のウイルスを抑制するには、人権や自由をないがしろにしてでも、都市を封鎖し、感染者を隔離し、徹底的に感染ルートを特定してしまえる国家の強制力が必要だということが証明されてしまいました。

 

これまでの社会の常識が根本から覆されてしまうかもしれない。命のためには自由さえも犠牲にしかねない、そんな危うさが民主主義にどっぷりつかった我々の意識を変えてしまうかもしれない。そんな危機感を強く持ちます。

 

自由、人権、平和、平等、倫理、そんなモノの上で僕らの世界は成り立っていますが、命を守るためにはそれらを犠牲にしてもしょうがない、そんな風潮がこのコロナウイルス騒動の後にやって来るような気がしてなりません。

 

人間は忘れやすい生き物です、あの戦争で何が起きたのか、タイムリーに経験していないから当たり前と言えば当たり前だけど、そんな想像力すら働かなくなってる。今の暮らしが当然のことだと思っている。

 

僕らは気づかなければいけない、今の暮らしは努力し続けないと手に入らないものなんだっていうことを。歴史は繰り返す、これは僕らが過去を忘れてしまう、忘れる中で生き続けている生き物だということなんです。

 

僕ら人間の本質って何なんだろう、そんなことを考えてしまいます。だから気づかなきゃいけない、思い感じなければいけない、当たり前を当たり前と感じない感性を僕らは育まなければいけない。いつもと違うゴールデンウイーク、これを当たり前に感じてはいけない、そんなことを思う。この青い空がいつまでも続く、こんな当たり前を当たり前と思っちゃいけない世の中になってる、そう思います。