「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

コロナウイルスに僕らは試されている ~僕らが生まれてきた理由~

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なんかずれてない?猛威を振るうコロナウイルスの報道を見る度にそんなことを思います。総理大臣が小中学校の一斉休校を突然発表、するとするとどうでしょう、批判批判のオンパレード、一番の関心ごとは働く親はどうするのかってことのようです。そりゃひとり親世帯は死活問題でしょうから、政府の保障も必要になるでしょう、でも共働き家庭は子供のために自分たちで何とかするしかないんじゃないの。大事な自分の子供のことなのに、その子供の世話をするのが大問題なんて言う世の中は寂しい限り、そもそも学校は子供の世話を見る場所じゃないと思うんだよね。

 

それにそれにやっぱり一番大事なことはウイルスの感染拡大を食い止めること。そのために科学的根拠がどこまであるかはわからないけど、もっといい方法があるのかもしれないけど、やれることはやりましょうというのはおかしいことじゃないと思うんだよね。実際、北海道の小学校でウイルスに感染した子供が出ている状況なんだしね。会社などの社会活動を止めるわけにはいかないけど、スポーツや娯楽、各種のイベント、そして子供の学校を休校することは、真っ当な手段だと思います。もちろん総理大臣を擁護するつもりはまったくありませんし、だったら外国からの入国も止めるべきだって意見もその通りだと思うけど、それにしても批判だけしてる人ばっかなのには驚いちゃう。

 

なんかねー、マスコミは相変わらず結果論で責任を追及するだけだよね、あれをやってなかった、これをしていなかったってね、そん時言いなさいよってホントそう思います。それどころかトイレットペーパーを買い占める人たちとか放送しちゃって、デマと断りながらもそれを喧伝しちゃってるってことに気づかないのでしょうかね。こうなると必要悪だとさえ思っちゃいます。

 

それにしてもなー、子供を守るための休校が、首相の責任回避策だとか、働く親は会社を休めないとか、休業補償策はどうするのかとか、給食業者はどうするのかとか、一日家にいる子供の世話でストレスが増えるとか、とかとかとか、そんなんだったら子供つくんじゃねーよ、って思っちゃいます。

 

そもそも覚悟が足りないと思う、だって子供を育てるってことは、とっても大変なことなんだと思うから、生半可なことじゃできないことだと思ってるから。だから、休校になって子供の世話が大変なんて言う人は、自分の子供を虐待しちゃう親と根っこは一緒だよとまで思ってしまいます。言いすぎですね、すみません。

 

子供が育てられるような立派な大人になれるんだろうか、昔からよくこんなことを思ってました。経済的にも、資質的にも、自分にそんな資格はあるんだろうかって。だから親になってからも子供を叱っては、もっとうまく諭すことはできなかったのかと後悔したり、あれしてこれしてって求めてくる子供に疲れてるからと寝たふりしたり、時に屁理屈や自分の価値観で子供に接してしまったり、そんな至らない自分に対して七転八倒しながら、実は子供と一緒に成長している親としての自分がいる。

 

だからだから、子供の世話が大変だ、仕事ができないから給料保障せよっていう、世の中の多くの声には悲しくなっちゃうし、もっと自分がしっかりしなきゃいけないんだよ、仕事よりも大事なものがあるんだよって思っちゃう。やっぱり僕らの社会は未熟なんだと改めて思ってしまう。もちろん、いろんな立場の人がいるから一概には言っちゃいけないんだけど、そんな世の中全体の風潮を感じてしまう。

 

子供に対して、頭にきたり、コノヤローって思う時もそりゃある、あるけど一番大事で大切なのは自分の子供なんだよね。当たり前だろってみんなも言うんだろうけど、それなら仕事よりも何よりも優先して子供を守りましょうよって思います。

 

なんか試されているような気がする。ウイルスに人類が試されてるんじゃないだろうか。お前ら、子孫を残していく意思はあるか?何のために生まれてきたか知ってるか?子供より大事なものってあるのか?って。だって、どんな動物だって植物だって、生まれてきた目的、生きる目的は子孫を残すことなんだもん、これは明らかなこと。それを忘れてやしませんか、軽んじてはいませんかって問いかけられているんじゃなかろうか。

 

一番大切なものは何か、今回のコロナウイルス騒動で、僕は人類がこのまま人類を続けていっていいのか、それを問われてるんだと思っています。本当に試されてるんじゃないかな、やっぱり神様はいるのかもしれないな、そんなことを思い感じる青い日々なのです。