「青い日々」

50歳からの多幸感あふれる、幸せな生活

意外と買い物好き ~仕事も一緒、何のために働くの?~

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意外と買い物好き、そんなエッセイがありましたね、村上龍さんだと思う。たかが買い物なんだけど、それは自分を表現する手段だし、人とのつながりをもつ中で、自分をつくっていくことでもあるわけで、単なる自己満足じゃない大切な行動だと僕も思います。本気で楽しく買い物するのはとっても大切なことだと思います。自分に言い聞かせる意味も含めて言ってますけどね。

 

そんなふうに楽しく買い物するためには、一生懸命に働かなくてはならない。そして働くということも実は人とのつながりを求め、その中で自分をつくり表現するための行動なんだと思います。そういう意味では僕らの行動は自分のためのようで、実は人のため、人とのつながりを介して自分のためということなんだろうと思います。まったく僕らはか弱く難しい生き物です。

 

だから、人が働くってことは、生きていくためにお金を稼がなければならないってことなんだけど、人とつながりをもちたい、その中で自分のことを認めてもらいたい、そして満足感や達成感を得たい、そういうことなんだよね。単なるお金を稼ぐ手段ではないわけです。

 

でもそう思って働いていても、現実はちょっと違うよなと思うこともある。サラリーマン、一般的な会社で仕事をしている人たち。会社の中でより良い役職に就く、出世するっていうことは、より高いギャラを求めることだし、仕事で得られる達成感をより高いレベルで得たいということなんだと思うけど、実は部下や周りの人たちに褒めたたえられたい、まわりの人より偉い自分でありたい、それによる満足感を得たいって人が多い。出世を目的にしてしまっている人たちがいる。人とのつながりを自分のためだけに考えてる人たち。

 

でも、それで本人が幸せなのかというとそんなこともない、当然、本人は気づいていないんだけどね。だって自分を褒め称えてくれてる人は、なんで自分にそういう対応をとるのかってことなんです。それは自分より偉いから、偉い人に嫌われたくないから、嫌われたら自分の立ち位置が悪くなるからっていう打算から成り立っていることが多い。つまり弱い人たち、自分がない人たち、従うのが楽だと思ってる人たち。だからそんな人たちに褒め称えられたってしょうがない。でも、それに気づきながら満足してる人たちが一番厄介だ。人に求められることで得られる満足感を勘違いしちゃってる人。

 

実は世の中の会社にはそんな人たちがたくさん存在する、僕のいる会社でもそうだ。目上の人に対して礼儀を持つことは必要だけど、ただ役職が上だからって従属する必要なんて本来さらさらない。でもそれを求める人たちが上にいると大変。そんな人が偉くなるような会社は、人も事業も見る目がないってことだから、早いとこ職場を変えたほうがいい、そう思います。

 

じゃあ、自分はどんな生き方がしたいのか、すべきなのか。それは自分一人で、何かを成し遂げられる自分であること、そういうことだと思います。ちっぽけなことでもいいから自分自身で何かを実現できる人ってことだと思います。そしてそのちっぽけなことが人のためになったり、喜んでくれる人が出てきたりすることがサイコーなんだと思います。そんな自分になりたいな、僕はいっつもそんなこと思ってます。そして、それはサラリーマンであっても同じだよなーと思うんです。

 

だから、そんな人になれるように、長いものに巻かれたりしないように、常に自分を客観的に見て生きていきたい、そんな風に思います。誰でも楽しく幸せな日々を送りたいよね、何物にも媚びへつらうことなく、従うことなく、それでいて礼儀も失うことなく、自分が自分であり続けられるようにチャレンジし続ける日々。それが青い日々なんだと思います。でもそんな人たちで構成されている会社が本当の会社なんじゃないかなと思うんです。

 

まったく幾つになってもこんなことばっかり考えて大人になれない僕だけど、何も考えないで大人であり続けるほうがサイテーだもんね。そんなこと思い自分自身を慰め鼓舞する今日この頃なのでした。さあ、一生懸命働いて、お買い物行きましょー。