「青い日々」

多幸感あふれる、幸せな生活

世の中は無駄でできている 〜無駄のない世の中とは〜

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世の中は無駄でできている、そんなことを言った人がいます。確かにそうだよなー、しなくてもいい仕事、非効率な仕事、いっぱいあるもんね。

 

その最たるものは、やっぱりお役所でしょうか。無駄な道路を作ったり、いらないダムを作ったり、よく言われてますよね。お役所は税金を「集めて」「使う」のが仕事、これってよく考えるとスゴイこと、だって「集める」のは法律で決まってるけど、「使う」のはお役所の人間(政治家も含めて)が決めるんだもん。でも、だからって好き勝手やってるかと言うと、もちろんそんなことはなくて、逆に言うと理屈が通ることにしかお金が使えない。だから無難に仕事をこなすために前例のあることしかしないし、非効率なことも非効率なまま踏襲してしまう。悪循環だよね。

 

それと、わざと非効率を維持している無駄もある、僕はクルマが好きだから「車検」ってどうにかならないのかっていつも思う。だって、今どきのクルマだよ、二年に一回の点検なんて必要ですか?絶対に必要ないっす。それなのに、あーだこーだ言って、このままじゃ車検に通りませんよ、とか言われてお金を払うことになる。もちろん国として税金が必要だからなんだけど、車検を生業としている民間業者のためでもある。要は役所の思惑や無駄に乗っかって、仕事をしている民間企業の無駄ってことですね。

 

こういうのって実はたくさんあって、役所が発注する工事もそうだし、マイナンバーなんかのITシステムだってそうだし、コンサルタントなんかもそう。お役人は理屈さえ通ってしまえば、お金は払ってくれるので、それを食い物にしている人がたくさんいるわけです。特にコンサルはタチが悪いね、お役人の理屈作りを肩代わりしてお金をもらうんだからね、これこそ税金の無駄遣い。

 

こう考えると、お役人が世の中をダメにしているようだけど、実はそれだけじゃない、純粋な民間企業の中にも無駄で非効率な仕事っていっぱいある。みんなも経験あるんじゃない、会社の事業を拡大させる目的で仕事をしてるんじゃなくて、自分の保身や出世のために仕事をしている人。どこの会社にもいるよね、こういう人。でも、世の中そんなに甘くなくて、こういう人や組織が大勢の会社は、早晩、市場から見放されちゃう。だって会社の事業のために仕事してないんだから、そりゃそう、特に最近はその傾向が顕著になっている。

 

でもね、こういう人たちも問題なんだけど、一番問題なのは「趣味で仕事をしている人達」。決してサボっているわけではなくて(サボってたらクビになるだけだもんね)一生懸命仕事をしてるんだけど、その方向性というか同義付けが自分のためっていうか、自分が楽しければいいと考える人たち。もちろん、それが会社の事業に即していればいいんだけど、そうじゃなくて、自分が意欲を持って取り組める仕事を限定してしまう人たちがいる。実はこういうひと、どこの会社にもたくさんいます。こういう人たちの向かう先、ゴールテープのある場所をきちんと指し示すのが本来の上司の役割なんでしょうが、その役割が担えていないというか、そもそもわかっていない人、多いです。

 

欧米から言わせると、成果主義じゃないからなんだよね、と言うことになる。でも、こういう色んな人たちの取り組む方向や内容をすり合わせて、ひとつのゴールに向かわせることができたら、それは大きな成果となる。これがかつての日本の企業が得意としていたこと。実はダイバーシティの先駆けだったのではないでしょうか、といったら言いすぎかな、どちらかというとみんなを同じやり方に染めてしまったという言い方のほうが正解なのでしょう。

 

ということで、お役所もそうだし、お役所を食い物にしている民間企業もそうだし、民間企業の中でも、無駄で非効率な仕事ってたくさんあると思う。だけど、ここで思います。世の中から無駄がなくなったらどうなってしまうんでしょうって。

 

なんか、ちょっと怖いよね。少子高齢化、働き手がドンドン減っていって、世の中は人手不足と言われているけど、そもそも無駄や非効率な仕事がなくなれば、人が余っちゃうんじゃないのって思う。そうなるとどんな世の中になるのだろう。

 

こんなこと考えると、無駄って必要なことなのかな、とも思えてしまう。確かに無駄のない人生なんて、ミルクのないコーヒー、というかコーヒーのないミルク、まあどっちでもいいか、要は余白のない窮屈でがんじがらめな人生なのかもしれない。

 

ミルクもうまい、コーヒーもうまい、でもたまにはコーヒーにミルクも入れたいし、コーヒー牛乳だって飲みたい。無駄や非効率ばっか気にしてると、もっと大事なこと気がつかなくなっちゃうんじゃないかと。きっと無駄も非効率もない世界からはイノベーションって生まれてこないんだと思う。

 

たぶん、良い無駄と悪い無駄があるんだと思う。そこの見極めが大事なんじゃないかな。だから理屈じゃなんだよね、感じること、気づくことが大事なんだと思います。なんか、とりとめなくなっちゃったけど、良い無駄な生活を送りたい、なんて思います。良い無駄って何かっていうと、たぶん「余裕」ってことだと思う。知らず知らずにそんな無駄を行ってる時間が実は幸せなのかもしれないな、あんまり目くじら立てて、あるべき論ばっかり言ってちゃダメってことでもありますよね、そんなこと思う秋の夜長の青い日々なのでした。

 

 「灯台

 

 灯台を見ていたら

 何を見ているのかな

 そう思ったから

 僕も灯台になってみた

 

 夜になると明かりをつけて

 四方八方を照らしてみる

 みんなの目印だ

 安全に航海できるといいな

 

 朝になると

 白いその姿は

 どこからも見ることができて

 自分の居場所を知らしてくれる

 

 そんな灯台になった僕は

 あることに気がついた

 灯台には何が見えているのか

 そう思ったけど

 

 灯台は何も見ていなくて

 ただただ見られていた

 そんな自分が自分であることを

 知っていた

 

 そうか

 僕も灯台みたいになりたいな

 誰かに見られる僕

 誰かを安心させる僕

 

 バカだな

 灯台下暗しってこういうこと

 僕は灯台なんだ

 そんなことにも気づかないなんて

 

 さあ時間だ

 今日も働かなくちゃ

 誰かが僕を知っている

 誰かが僕を見ているから