「青い日々」

50歳からの多幸感あふれる、幸せな生活

世代 〜自分のことは自分で考える〜

 

先日、大前研一さんの本を読んでいたら、いまの20代30代の人間は物欲がない、と書いてあった。

 

バブル崩壊後の「失われた20年」に育った低成長デフレ時代の申し子は、低欲望で内向き下向きで出不精な価値観やライフスタイルを持っており、彼らにこれからの日本経済を切り盛りしていくことは難しいのではないかとのこと。

 

大きなお世話だよね、彼らには彼らなりの秘めたる野心やパワーがあると思うんだ、それこそある年代を一括りにして考える発想がイマドキではないと思う。団塊の世代とかってね。

 

しかもここでのご指摘には続きがあって、だからこそ40代50代のバブルを経験したイケイケ世代が60代、70代になっても仕事をして、社会を牽引していくことが必要なんだと。

 

なんか違うよな、もしかしたらこれは40代、50代に対して自己啓発を促す言葉なのかもしれない、社会保障に頼らず、自分のことは自分で養っていかなければならないよと、それなら意味がぜんぜん違うじゃんね。コワイコワイ。

 

いずれにしても世代でその年代の人間を一括りに捉えてしまうのは雑すぎる、ゆとり世代やら、バブル世代やら、ポスト団塊の世代、何がなんやらよくわからん。

 

20代であっても70代であっても人それぞれ、物欲がある人もいれば低い人もいる、優れたスキルを有している人もいれば、そうでない人もいる、皆それぞれ価値観や大切にしているものが異なります。だからこそ自分の特色を打ち出して、活躍しようと思えば活躍できる環境が作られていることが大事なんだと思います、あとは全て自分次第。

 

なんか政策の失敗や自分と異なる価値観の人間を、理由づけするために使われているような気がしてしょうがないんだよな。一種の差別。一体誰が名前なんてつけ始めたのだろうね。

 

僕は本屋さんで30代の〇〇とか、50代からの△△とか言う本を見るたび信用できないなって思います。だってその作者の価値観を押し売りされるいわれはまったくないんだから。もっと自分のことは自分で考えましょうね、ホントそう思います。